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西村あさひのリーガル・アウトルック

金融庁が英国モデルに機関投資家の原則作り

有吉 尚哉(ありよし・なおや)

 企業の持続的成長のためには、資本提供者の資金の拠出を受けた機関投資家が、「受託者責任」をきちんと認識して投資先企業と適切に対話し、議決権行使などを行うことが必要――との観点から、金融庁は、機関投資家の在り方についての「原則」作りに向け動き出した。金融庁がモデルとする英国のスチュワードシップ・コードについて、有吉尚哉弁護士がその制定経緯や内容を概説し、日本に導入する場合の留意点を考察する。

 

日本再興戦略と「日本版スチュワードシップ・コード」策定への動き

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 有吉 尚哉

拡大有吉 尚哉(ありよし・なおや)
 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

 ■ はじめに

 金融庁は、今般「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」(座長:神作裕之東京大学教授)(以下「有識者検討会」という)を設置し、平成25年8月6日に第1回の会議を開催して、日本版スチュワードシップ・コードの策定に関する検討を開始した。有識者検討会は、平成25年6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」において、「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則について、我が国の市場経済システムに関する経済財政諮問会議の議論も踏まえながら検討を進め、年内に取りまとめる」とされたことを受けて、機関投資家が適切に受託者責任を果たすための原則を策定することを目的として設置されたものである(金融庁が平成25年8月5日付で公表した「『日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会』の開催について」と題するプレスリリース参照)。

 本家のスチュワードシップ・コード(Stewardship Code)は、英国の財務報告評議会(Financial Reporting Council:FRC)が英国の上場企業の株式を保有する機関投資家に向けて株主としての行動を規律するために策定した準則である。有識者検討会では、このスチュワードシップ・コードを参考に、機関投資家と企業の間の対話のあり方についての原則を取りまとめることを目標に、審議が進められるものと思われる。

 以下では、英国のスチュワードシップ・コードの制定経緯や内容についての概説を行った上で、日本版スチュワードシップ・コードを策定することの留意点についての考察を行うこととしたい。

 ■ 英国におけるスチュワードシップ・コードの策定経緯

 リーマンショックを契機とする金融危機の原因については、多様な要因が指摘されているが、英国では、金融機関のコーポレート・ガバナンスが十分に機能していなかったことが主たる原因の一つという見方が有力である。このような考え方から、上場企業自らがコーポレート・ガバナンスを律するとともに、機関投資家が上場企業のコーポレート・ガバナンスにおいて積極的な役割を果たすべきと考えられるようになり、2010年6月にFRCによりスチュワードシップ・コードの初版が策定された。当初からスチュワードシップ・コードは2年ごとに改正することが予定されており、現在効力を有するスチュワードシップ・コードは、2012年9月に改正された第2版である(現行のスチュワードシップ・コードは、FRCのウェブサイト《http://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/Corporate-Governance/UK-Stewardship-Code-September-2012.aspx》参照)。

 ■ 「スチュワードシップ」概念

 「スチュワードシップ」という概念は、もともと中世の荘園領主に雇われて荘園領主が保有する土地の管理を行う者をstewardと呼んでいたことに由来するとされており、英国では伝統的に用いられてきた概念のようである。もっとも、スチュワードシップ・コードに「スチュワードシップ」の定義が定められているわけではなく、(特に英国人以外の者にとって)その概念の具体的な内容を理解することは容易ではないが、例えば、大崎貞和「英国におけるスチュワードシップ・コードの運用実態」内外資本市場動向メモ232号2頁は、金融・資本市場を通じた資産運用の文脈におけるスチュワードシップの意味について「機関投資家が投資先企業の企業価値を維持・向上させ、ひいては資産運用パフォーマンスを向上させるために、企業の経営状況をモニタリングし、経営者との対話(エンゲージメント)を行って、コーポレート・ガバナンスの改善を働きかける責任を負っていること」と説明している。

 また、受託者責任あるいは信認義務と訳されるfiduciary dutyとの関係も難解であり、上田亮子「英国におけるスチュワードシップ・コード改正と機関投資家の対応」資本市場リサーチ27号62頁は、「受託者責任は契約上や法律上あるいは実態に基づいた明確な信認関係を基礎に構築される」が、アセット・マネジャーが議決権行使助言機関を用いた場合のアセット・オーナーやその背後の受益者と議決権行使助言機関の間の関係など直接の接点がない場合に受託者責任の概念では網羅できない場合があり、「スチュワードシップというある意味関係性が曖昧な概念を採用することによって、投資連鎖におけるより広範で複雑な関係をとらえ、上場会社の価値向上を通じてアセット・オーナーや最終受益者の利益に資するという最終目的の達成を目指している」と説明している。もっとも、「受託者責任」という概念も必ずしも明確なものではなく、前述の金融庁のプレスリリースにおいても、「受託者責任を果たすための原則」を策定することを目的として(「スチュワードシップ・コード」を冠する)有識者検討会を設置するとしており、受託者責任とスチュワードシップの概念との間で明確な区別は行っていないように思われる(なお、有識者検討会の事務局資料においても、stewardshipは「受託者責任」と訳されている)。

 「スチュワードシップ」概念の理論的な検討を行うことが我が国における資産運用の実務に資するかどうかは不明であるが、少なくとも日本版スチュワードシップ・コードの検討に際して、いかなる当事者や場面に適用する原則なのか明確にすることが必要であろう。

 ■ スチュワードシップ・コードの概要

 スチュワードシップ・コードは、機関投資家を名宛人とする次の7つの原則により構成されており、それぞれの項目については詳細なガイダンスも付されている。

  1.  機関投資家は、スチュワードシップの責任をどのように果たすかについての方針を公表すべきである。
  2.  機関投資家は、スチュワードシップに関する利益相反を管理することに関する穴のない強固な方針を策定し、公表すべきである。
  3.  機関投資家は、投資先企業をモニタリングすべきである。
  4.  機関投資家は、スチュワードシップの行動を強化する時期と方法について、明確なガイドラインを策定すべきである。
  5.  機関投資家は、適切な場合には進んで他の投資家と共同して行動すべきである。
  6.  機関投資家は、議決権行使と議決権行使活動の開示についての明確な方針を策定すべきである。
  7.  機関投資家は、スチュワードシップの行動と議決権行使活動について定期的に報告を行うべきである。

 これらの原則に加えて、スチュワードシップ・コードでは、スチュワードシップに関する一般的な考え方も説明されている。例えば、スチュワードシップは最終的な資金提供者の利益にもつながるような方法で企業の長期的な成功を促進させることを目的とするものであって、効果的なスチュワードシップは企業、投資家、そして経済全体の利益となるものであることや、投資家にとって、スチュワードシップは単に議決権行使に限られるものではなく、(企業文化や報酬制度も含む)戦略、業績、リスク、資本構造、コーポレート・ガバナンスなどの多様な事項に関する企業についてのモニタリングやエンゲージメントが含まれるものであること(エンゲージメントとは、これらの事項や株主総会における直近の議題に関する企業との間の目的を持った対話のことである)などが明記されている。

 また、スチュワードシップ・コードが“comply or explain”基準による規律であることも明記されている。すなわち、スチュワードシップ・コードは厳格な規制を定めるものではなく、原則とガイドラインから構成されるものであり、機関投資家は、スチュワードシップ・コードに記載される原則とガイドラインの全てを遵守しなければならないというものではなく、これらの原則やガイドラインのうちで遵守しないものがある場合には、その理由や自らのスチュワードシップに対する取組みについて説明を行うことが求められるという規律となっている。

 ■ 日本版スチュワードシップ・コードの検討に際して期待される視点

 有識者検討会では、英国のスチュワードシップ・コードも参考に、機関投資家の受託者責任に関する原則を策定するための検討が行われることが見込まれる(なお、スチュワードシップ・コードに原則として掲げられている事項の中には、議決権行使方針や議決権行使結果の開示など、我が国でも既に一定の範囲で法令やガイドラインによる規律が設けられているものもある)。我が国においても、機関投資家による企業に対するモニタリングやエンゲージメントは、適切な範囲で促進する限り、企業のコーポレート・ガバナンスや長期的な成功に資するものであり、ひいては機関投資家やその背後の最終受益者にとっても利益となるものと考えられるが、公的な機関が一定の原則(以下「受託者責任原則」という)を示すことについては、次のような観点に留意した検討が行われることを期待したい。

 まず、「機関投資家」といってもその意味するところは一義的に明確というわけではなく、どのような業態の当事者が株主である場合に受託者責任原則が適用されるのか、また、自ら株主となるのではなく機関投資家による投資運用や議決権行使に助言を与える者にも受託者責任原則が適用されるのかなど、受託者責任原則の名宛人となる「機関投資家」の範囲について、コンセンサスを得ることが必要と考えられる。少なくとも我が国においては、スチュワードシップという概念が根付いている状況になく、スチュワードシップ概念から演繹的に受託者責任原則の対象を画定することは難しいと思われ、どのような対象範囲にモニタリングやエンゲージメントに関する責任を求めることが実効的であるのか、検討が必要になると思われる。

 また、いわゆる機関投資家の中には、業法や社会保険関連法によって注意義務や誠実義務などの義務を顧客や運用資産の最終受益者に対して負っている場合と、そのような義務が課せられていない場合とがある。機関投資家にモニタリングやエンゲージメントに関する「受託者責任」を求めることとこのような義務の適用状況について、整合的な説明ができるように受託者責任原則の名宛人や理論的な根拠を整理することも必要となると考える。

 さらに、投資家に求められるモニタリングやエンゲージメントは、個々の投資家の特性、規模、運用方針などによって異なるものであり、また、各投資家が自らの投資先を全て同じように取り扱うべきものでもなく、投資先の状況や投資先に対する投資額の大きさなどに応じて濃淡を付けてモニタリングやエンゲージメントを行うべきものと考えられる。英国のスチュワードシップ・コードがスチュワードシップのための行為「規制」を定めるのではなく、あくまでスチュワードシップの「行動の原則」を定めており、また、“comply or explain”基準による規律とされていることは、このようなスチュワードシップの性質に即したものと考えられる。我が国で受託者責任原則を示す場合にも、画一的、硬直的な対応を機関投資家に求めることで、却って投資活動を停滞させたり、企業の成長を阻害する結果とならないよう、原則の中身を定める前提として、どのような形式(法令、ガイドライン、報告書など)で原則を定めるか(そもそも規定の形で原則を定めるべきか)、また、原則に従わない場合の効果をどのように考えるかといった点についても、慎重な検討が求められよう。

 ■ エンゲージメントと各種規制の関係

 機関投資家に企業に対するエンゲージメントを求めることは、次の規制との関係が論点となることについても指摘しておきたい。

 まず、エンゲージメントを通じて企業から機関投資家に対してインサイダー情報が伝達されてしまう可能性があることに留意が必要となる。エンゲージメントによってインサイダー情報を取得した機関投資家がインサイダー取引を行うようなことは、もちろん避けるべきであるが(仮に機関投資家がインサイダー取引を行った場合には、平成25年6月に改正された金融商品取引法により、情報を伝達した企業の側も罰則や課徴金の対象となり得る)、企業から予期せずインサイダー情報が伝達されることにより、当該情報が公表されるまで当該企業の株式の取引を行うことができなくなってしまうことは、機関投資家にとっては大きな不都合となるため、インサイダー取引規制がエンゲージメントを抑制する要因となりかねない。この点、スチュワードシップ・コードでは、第3原則のガイドラインにおいて、投資先企業やそのアドバイザーは、機関投資家による当該企業の株式の取引の可否に影響を及ぼし得る情報が、機関投資家の事前の同意なしに伝達されないようにすることが期待されると述べられている。インサイダー取引規制の性質上、(事前の同意なしにインサイダー情報の伝達を受けないと表明をしている機関投資家に対して)エンゲージメントを通じて伝達された情報をインサイダー情報の対象から除外するような制度とすることは難しいと考えられるが、機関投資家と企業との対話に関する実務において、機関投資家が同意していない限り、企業が不用意にインサイダー情報を伝達しないようにする実務慣行が形成されることが望まれる。

 次に、大量保有報告規制においては、一定の類型の金融機関などについて特例報告制度の利用が可能とされており、この場合には適用される規制が緩和されている。もっとも、「重要提案行為等」を行うことを目的として保有している株式については、特例報告の対象から除外されており、通常の規制に従って大量保有報告書の提出が必要となる。ここで、株主がどの程度具体的な意思を企業に伝達すると「重要提案行為等」に該当することになるか必ずしも明確ではなく、エンゲージメントを通じて機関投資家が投資先に何らかの意思を伝達することが「重要提案行為等」に該当する可能性があること(いかなる場合に「重要提案行為等」に該当するか不明確であること)は、エンゲージメントを抑制する要因となり得る。そのため、大量保有報告規制の制度趣旨を損なわない範囲で、機関投資家と企業との建設的な対話・意見交換が可能となるよう、「重要提案行為等」に関する明確な解釈指針やセーフハーバー・ルールを規制当局が示すことが期待される。

 また、スチュワードシップ・コードの第5原則では、複数の機関投資家が共同してエンゲージメントを行うこと(集団的エンゲージメント)が推奨されている。もっとも、我が国の機関投資家がこのような集団的エンゲージメントを行おうとすると、機関投資家同士が共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意しているものとして、公開買付規制における「特別関係者」や大

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 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

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