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西村あさひのリーガル・アウトルック

企業活動で起きた業務上過失事件、法人処罰の在り方は

山本 憲光(やまもと・のりみつ)

 「誰一人刑事責任を問われないのをおかしいと思われるのはもっともだ。ただ、個人の責任を追及する場合には厳格に考えないといけない」。106人の犠牲者を出したJR西日本列車事故で強制起訴された三代の社長に対し、裁判所は無罪を言い渡した。判決後、遺族らは法人を処罰できるよう法改正を訴えた。企業の事業活動で生じた事故について、基本的に、法人ではなく個人の刑事責任を追及する伝統的な刑事手続が被害者や一般国民の期待に応えられなくなっている。企業がかかわる業務上過失事件の刑事責任追及はどうあるべきか。渋谷シエスパ爆発事故で業務上過失致死傷罪に問われ無罪となった運営会社役員の弁護人を務めた山本憲光弁護士が、刑法などの立法趣旨にまで踏み込んで考える。

  

法人の刑事責任と管理過失

西村あさひ法律事務所
  弁護士 山本 憲光

山本弁護士拡大山本 憲光(やまもと・のりみつ)
 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。

 ■はじめに

 2007年6月19日、東京渋谷の温泉施設「シエスパ」の従業員休憩室・温泉汲上施設棟で温泉水に溶存するメタンガスによる爆発事故が発生し、休憩中の従業員3名が死亡し、通行人を含む3名が負傷した。この事件は業務上過失致死傷事件として立件され、シエスパの設計・施工を請け負った大手ゼネコンの設備設計担当者と、シエスパの運営会社の保守管理担当取締役の2名が起訴された。警察・検察による都合2年9か月に及ぶ捜査と、3年2か月に及ぶ1審での審理(公判前整理手続を含む)を経て、本年(2013年)5月9日、東京地方裁判所は、大手ゼネコンの設備設計担当者に禁錮3年執行猶予5年(求刑禁錮3年)、運営会社の保守管理担当取締役に無罪(求刑禁錮2年)の判決をそれぞれ言い渡した(前者は被告人控訴。後者は検察側が控訴せず確定)。この事件は、温泉施設の設計・施工、運営・保守管理という、企業の事業活動の中で発生した大規模過失事件であり、この種の事件を刑事事件として立件する場合の様々な問題点を浮き彫りにするものであった。また、特に印象的であったのは、1審判決後、被害者の遺族から、このような事件を起こした企業そのものの刑事責任を問うべきであるとのコメントが出されたことである。

 また、本年(2013年)9月27日、神戸地裁は、JR西日本の列車事故で、検察審査会によって強制起訴されたJR西日本の歴代3社長に対し、無罪判決を言い渡したが、この事件についても、業務上過失致死傷罪について法人処罰規定がないことがマスコミ等で大きく問題点として指摘された。

 筆者は、2008年12月にシエスパの事件が書類送検された当時より、無罪となった運営会社の保守管理担当取締役の刑事弁護人を務めてきたが、この事件の弁護活動を通じて、JR西日本の事件等を含め、企業の事業活動の一環として発生した刑事過失事件のあり方について考えたことを、以下記しておきたい。

 ■企業の事業活動と業務上過失致死傷罪

 これは、一般には意外と知られていないことのようであるが、企業の事業活動の過程で発生した事故であっても、業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)として立件される場合には、法人そのものが起訴されることはない。起訴されて刑事責任を問われるのは、その企業において、結果発生について過失責任を問うべき(であり、また問うことができる)と捜査当局(警察・検察)が判断した、役員又は従業員等の個人である。刑法211条前段は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。」と規定しているのみであり、この「者」の中に法人が含まれないとの明文の規定があるわけではないが、判例・通説上、刑法上の「者」は、自然人を意味すると解されているのである。

 それはなぜであろうか。製造業であるにせよ、建築設計施工の請負であるにせよ、施設の保守管理であるにせよ、企業活動には人の生命、身体に対する危険を伴うものは少なくない。もちろん企業はそのような危険が現実化しないよう様々な措置を講じながら事業を行い、収益を上げている。しかし、そうであれば、そのような企業の事業活動の一環に伴う危険が現実化して、人の死傷という結果が生じてしまった場合、(民事責任のみならず)刑事責任も法人である企業に問うことは、不合理ではないようにも思われる。

 にもかかわらず、なぜ刑法上の犯罪は法人を対象としていないのであろうか。

 すぐに思いつくのは、法人はあくまで観念的な法主体であり、それ自体として肉体を持たないから、死刑、懲役、禁錮という、人の身体の存在を前提とする刑罰を科すことができないから、という理由である。

 しかし、刑法上の刑罰には罰金刑もあり、法人にはこれを科せばよいので、刑法上の刑事責任を一切問わない理由にはならない。

 法人自体に刑法上の刑事責任が問われない大きな理由の一つは、刑事責任の本質論に関わっている。

 即ち、刑法上の刑事責任の本質は、違反行為を行った行為者に対する倫理的な非難であって、そのような倫理的な非難は自然人でなければ感得できない以上、法人に刑罰を科すことはできない、というものである。この理由は、非常に観念的で分かりにくい感じもするが、民事責任とは別に刑事責任という法的責任が存在する理由を考えたとき、重要なポイントの一つである。

 企業の事業活動の過程において人が死傷するという結果が生じた場合、その企業に民法上の不法行為責任や製造物責任等、民事責任としての損害賠償責任が課されることは周知のとおりである。それでは、このような損害賠償責任と別に、刑事責任として罰金刑を科す意義は何か。

 どちらの責任も、企業にお金を払わせるのであれば、むしろ、罰金として、そのお金を国庫に帰属させるより、その分被害者の被害回復に回した方がよいのではないか、という考え方もあり得るところである。にもかかわらず、企業に刑事責任を科す合理性はどこにあるのか、ということである。

 そもそも刑事責任は、人を殺してはならない、物を盗んではならない、など、社会生活の中において最低限守らなければならないルールに違反した者について、被害者やその近親者等に代わって国家が制裁を加えるという制度であり、その対象は、およそ、「人として」許されない、強い倫理的非難の対象となる行為である。そのような行為について、被害弁償をした(民事責任を果たした)だけで放置していては、社会の秩序は維持できなくなってしまう。そのために、そのような特に強い倫理的非難の対象となる行為をリストアップしたものが刑法上の犯罪であるということになる。業務上過失致死傷罪が刑法上の犯罪の一つとして位置付けられているのも、業務の過程で人の死傷という結果を生じさせる「過失」、即ち、不注意は、強い倫理的非難に値すると考えられたからに他ならない。そうであれば、そのような倫理的非難を感得できない法人に刑罰を科すよりも、その法人内部で実際に不注意を犯した役員や従業員等にこそ倫理的非難を向けるべきである、ということになるのである。

 これはこれでそれなりに筋のとおった理屈のように思われるが、刑事責任の本質論は、このような倫理的非難のみで説明し尽くされるものではない。一般予防、特別予防と呼ばれるものがそれである。一般予防とは、犯罪を犯した者を処罰することによって社会一般に犯罪の発生を防止させること、特別予防とは、犯罪を犯した者の再犯を防止し、更生させることである。事業活動の過程において人の死傷という結果を発生させた企業であっても、それで倒産したり事業活動を永続的に中止してしまうことは稀であり、大多数の企業は引き続き事業活動を継続していく。この場合、企業自体に刑事責任を科すことで、当該企業の再犯防止のみならず、同様の事業を営む他の企業における事故防止の効果が期待できることは否定できない。即ち、特別予防、一般予防という、倫理的非難と並ぶ刑事責任の本質的要素からすれば、業務上過失致死傷事件について企業(法人)自体に刑事責任を科す意義は十分認められるようにも思われる。

 ■両罰規定

 これは、ご存じの方も多いと思われるが、日本において法人に対して刑事責任(罰金刑)を科す規定が全く存在しないわけではない。むしろ、非常に多く存在している。両罰規定と呼ばれるものがそれである。ほんの一例を紹介すると、例えば、食品衛生法78条は次のように規定している。

 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。ただし、その人が食品衛生管理者として、前条の規定により罰金刑を科せられるべきときは、その人については、この限りでない。

 一 第七十一条(以下略) 一億円以下の罰金刑

 二 (略)

 非常に複雑な規定であるが、要するにこういうことである。例えば、食品衛生法6条は、有毒若しくは有害物質を含有する食品や添加物の販売等を禁じており、これに違反した「者」は、同法71条により、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられる。ここにいう「者」は、懲役、罰金という刑事責任の対象としての「者」であり、刑法総則によって規律されるから、自然人である。従って、ある食品会社の販売担当部長が、有害物質を含有すると知りながら、ある食品の販売を指示した場合、その部長は3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられることになる(消費者に健康被害が出た場合には傷害罪等の適用も問題となるが、この点は捨象する)。しかしながら、その部長は、同時に、法人である食品会社の「使用人」として、食品会社の業務に関して食品衛生法71条の違反行為を行ったことになるから、同法78条1号により、その部長に上記の刑罰が科されるほか、法人である食品会社には、1億円以下の罰金刑が科されることになる。

 日本の法律における法人処罰のための規定は、例外なくこのような両罰規定の形式をとっており、法人単独で罰金刑を科す規定は存在しない。このような両罰規定の趣旨は、倫理的非難という観点から、行為者である自然人を処罰するとともに、その行為が法人の業務に関して行われた場合には、一般予防及び特別予防の観点から、法人にも罰金刑を科すこととしているものとして理解できる。

 ところが、ある研究書によると、両罰規定が存在する法律の数は570あるということであるが、業務上過失致死傷罪のみならず、そもそも刑法中の犯罪には両罰規定が付されたものは存在しない。最初に述べたシエスパの事件の被害者遺族の素朴な問題意識に応えようとするならば、少なくとも業務上過失致死傷罪に両罰規定を加える法改正を行うのが最も手間がかからない対応のようにも思われるが、なぜそのような改正が行われていないのであろうか。例えば、自動車事故については、現在では業務上過失致死傷罪の特別犯である自動車運転過失致死傷罪(刑法211条1項)が適用されるが、もし、これに両罰規定が付加された場合には、例えば、タクシー乗務員による交通事故の際には、すべからくタクシー会社自体にも罰金刑が科せられることとなり、企業の存続に大きな影響を与えかねないことや、処理件数が増加し、現在の当局の能力では対応が困難となってしまうというような、極めて実務的な理由は思いつくが、理論的に不可能とはいえないようにも思われる。

 この点、そもそも両罰規定は、法人について無過失責任を認めるものであって、責任主義(ある行為を処罰するには、当該行為を回避しなかったことについて行為者を非難できること(つまり故意又は過失)が必要であるとする考え方)に反し、憲法31条違反であるとして争われたことがある。これに対し、最高裁は、両罰規定は、事業主(法人)が行為者の選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定であるとして合憲と解している。しかし、法人が行為者に対する選任、監督等に関して無過失であることを立証して罰金を免れた事例はないようであり、事実上は法人に関して無過失責任を認めたのと同様の機能を果たしているといって過言ではない。そのような規定を、基本的な犯罪類型をリストアップした刑法中の犯罪に加えることに立法関係者が躊躇を感じているとすれば、それは理解できないことではない。

 ■企業の事業活動に関わる事故における問題点の本質

 それでは、業務上過失致死傷罪に両罰規定を加えれば、本当にシエスパ事故被害者の遺族に納得していただけるような結果が出るかというと、そう簡単ではないように思われる。

 というのも、仮に両罰規定を加えたとしても、両罰規定による法人処罰は個人処罰が前提であるから、刑事手続としては、事故について過失責任を問うべき役員又は従業員を特定することが先決となるところ、問題はこの、役員又は従業員を被疑者・被告人として特定する過程に存するからである。

 シエスパの事故のような大規模事故に限らず、過失犯における被疑者・被告人の特定に際してまず何よりも重要なのは、原因の究明である。次に、その究明された原因についてどのような措置を執れば排除することができたかを解明する必要がある。そして、そのような措置を講じなければ結果発生に繋がる原因が生じることが予見可能であった、つまり予見可能性があったのは誰か、その中で、そのような措置を講ずることが可能だった、つまり、結果回避可能性があったのは誰か、を解明するというプロセスで、被疑者・被告人が特定されることになる。

 例えば、シエスパの事故では、1審判決によれば、地下室の温泉前処理施設で温泉水に溶存しているメタンガスを排出するためのガス抜き配管が、U字型(「逆鳥居」型)の構造となっていたために、その部分に結露水が溜まってメタンガスが排出されなくなり、それが地下室内に漏出・貯留され、爆発した、とされている。そして、判決では、設計・施工を請け負った大手ゼネコンの設備設計担当者は、ガス抜き配管の設計を指示する書面に、結露水を排出するためのバルブを取り付けるよう記載し、実際にバルブは取り付けられていたが、それが結露水を排出するためのものであり、定期的に操作して結露水を排出する必要があるということは上記の書面にも記載されていなかったし、その旨の説明が、施工担当者にも、施主である運営会社にも伝達されなかったため、施工後バルブは一度も操作されず、結露水が貯留し、メタンガスの漏出・貯留・爆発という事態を招くこととなってしまったと認定されている。

 このような事実認定を前提として、検察官は、設備設計担当者が、バルブの操作による結露水排出の必要性を施工担当者や施主側にきちんと説明していれば、事故の発生は防止できたはずであり、設備設計担当者にとってそれは可能であったとして、そのような説明をしなかったことをもって「過失」であるとし、1審判決もこれを支持した。なお、検察官は、運営会社の保守管理担当取締役について、バルブの存在及び操作の必要性につき説明を受けずとも、自ら探知して認識し、(管理会社に伝えるなどして)バルブが操作されるような措置を講ずるべきであったし、また、ガス検知器を設置する等の措置を講ずるべきであったとして起訴したが、1審判決は、そもそもバルブの存在とその操作の必要性について説明を受けていない以上、メタンガスが漏出することの予見可能性自体がなく、従って、過失はなかったとして無罪の判決を下している。

 以上のとおり、シエスパの事件では、①結露水の貯留によるガス抜き配管の閉塞(事故の原因)→②バルブの操作をすれば閉塞は防止できたこと(原因を排除するための措置)→③設備設計担当者は、バルブを操作しなければガス抜き配管が閉塞することは予見可能であったこと(予見可能性)→④設備設計担当者がバルブ操作の必要性について施工担当者や施主に説明することは可能であったこと(結果回避可能性)というプロセスを経て、設備設計担当者が被疑者・被告人として特定された。

 設備設計担当者は1審判決を不服として控訴しており、現在控訴審が係属中であるため、断定することは差し控えるが、確かに、検察官、そして1審判決が指摘するとおり、設備設計担当者がバルブの操作の必要性についてきちんと説明さえしていれば、ガス抜き配管の閉塞という事態が防止できたことは明らかであり、それが事故の防止にとって決定的であったことは否定できないと思われる。

 ただ、仮に設備設計担当者がバルブの操作の必要性について説明しなかったとしても、施工担当者が実際にバルブを取り付けている以上、それが何のためにあるのかについて施工担当者が問題意識をもって設備設計担当者に問い合わせ、両者間で十分な認識の共有ができていれば、ガス抜き配管の閉塞という事態は防止できたと思われる。このように考えると、そもそも設計・施工会社グループ内において、設備設計担当者と施工担当者間で設計意図を十分に共有し、かつ、それを確実に施主側に伝達できるような仕組み自体が不十分であったことが事故の原因であり、そのような仕組みを構築しなかったことが過失であるという考え方があり得る。これは、リスクの発生を防止する仕組みを構築しなかったことをもって過失と考える、「管理過失」という考え方である。

 管理過失は、端的にいえば、企業内部でのリスク管理体制(内部統制システム)の欠陥をもって刑事過失と考える捉え方であるが、刑事過失を問うには具体的な予見可能性が必要である。しかし一般的には、企業内部でリスク管理体制を構築する場合、リスクの想定は抽象的なものにならざるを得ず、その担当者において刑事過失を問うに十分な程度まで具体的な予見可能性が認められることはむしろ稀である。しかし、そもそも事故はなぜ生じてしまったのか、根本的な問題点はどこにあったのか、再発防止のために何をすればよいのか、を考えるためには、リスク管理体制の考え方は不可欠である。「法人自体を処罰すべき」とコメントした被害者の遺族の方も、単に設計・施工会社に罰金が科されればそれで足りると考えているわけではなく、長年月を要した刑事裁判をもってしても、設計・施工会社内部におけるそのようなリスク管理体制上の問題点とその解決・改善策が明らかにならなかった点を、最も不満に思われているのではなかろうか。

 ■企業におけるリスク管理体制上の問題点の解明の必要性

 結果発生に対する具体的な予見可能性が要求される刑事過失の分野においては、被疑者・被告人を特定しなければならない警察・検察としては、原因の究明とその排除措置が特定できた後は、そのような具体的な予見可能性が認められるのは誰かにつき、何よりも優先的に捜査を進めざるを得ない。そのような人物(シエスパの事故でいえば設備設計担当者)を特定し、かつ、その者が結果回避措置を執ることが可能であったのであれば、法律上過失責任を問うには十分であり、それ以上に企業におけるリスク管理体制上の問題点を解明することは、管理過失の形態でなければ被疑者・被告人を特定できない場合を除き、刑事手続においては必ずしも求められていない。

 JR西日本の脱線事故は、脱線事故について最も予見可能性が認められた運転手が死亡していたため、検察側は、ATSの不整備という管理過失の形態で、事故現場カーブの急曲線化工事当時に鉄道本部長であった前社長を起訴したが、1審で無罪となり、確定した(なお、この事件及び判決については、本連載の拙稿「企業トップの責任と『管理過失』」(2011年5月11日掲載)及び「JR西日本福知山線脱線転覆事故無罪判決を分析する」(2012年2月29日掲載)をご覧いただきたい)。検察審査会が強制起訴したのは、上記急曲線化工事や現場を走る快速電車の本数が増えたダイヤ改正を行った当時の歴代3社長であったが、この歴代3社長についても今回無罪判決が出た。管理過失の形態で企業トップに刑事責任を問うことの難しさが改めて示されたということができる。 ここに、企業の事業活動において発生した大規模過失事故においてクローズアップされがちな、法律的あるいは刑事実務的な観点からの刑事手続の役割と、被害者、ひいては一般国民が期待する役割との間の乖離がある。

 シエスパの事故に限らず、大きな事故が発生すると、叫ばれるのは「責任者の処罰」と「真相の解明」である。しかし、前者を「業務上過失致死傷事件としての立件」、後者を「事故の真の原因としての、企業におけるリスク管理体制上の問題点の解明」と解した場合には、実際には両者は必ずしも両立せず、場合によっては相反する場合すらある。

 法人の刑事責任を広く認めるべきであるという主張は、「責任者の処罰」と「真相の解明」両方の側面から理解することが可能であるが、法人・企業については、民事責任の追及はもちろん、事案によっては課徴金、過料といった行政罰を通じて金銭的な制裁を課すことが可能であることからすると、被害者や一般国民からの視点は、むしろ後者の側面にあると考えるべきであろう。

 大規模事故を発生させた企業におけるリスク管理体制上の問題点の解明は、現状では、企業の自助努力に任されている状況である。上場企業であれば、改善報告書の提出命令等、金融商品取引所が上場規則上の処分を講じることにより、ある程度の強制力が働くが、非上場企業であればそれもない。

 このような現状を前提に、今後の「在るべき制度」の姿を考えるとき、法律的にも、また、立法論的にも、「事故の真の原因としての、企業におけるリスク管理体制上の問題点の解明」にとって、刑事手続はどのような役割を果たすべきか、また、もしそれが刑事手続の果たすべき役割を超えているとするならば、代わりにどのような制度が考えられるか、という検討が、不可欠であるように思われる。

 この点、外国の立法例であるが、例えば、イギリスでは、2007年に「法人致死罪法」という法律が制定され、人の死が発生し、それが法人の上級管理職による組織管理上の注意義務違反による場合には、当該法人に刑事責任を問うことができるようになったという。「組織管理上の注意義務違反」とは、まさに、日本でいう管理過失に相当するものと考えられるが、このように、法人を正面から処罰対象とし、かつ、管理過失を構成要件とする犯罪類型を創設することは、「事故の真の原因としての、企業におけるリスク管理体制上の問題点の解明」を刑事手続の中心課題に据えることを可能とする。ただ、このような法制を日本で創設することは、伝統的な罪刑法定主義や責任主義との関係で、クリアすべき課題は多いと思われる。

 他方、刑事手続の埒外における制度構築の在り方を考えるときに参考になるのは、(消費者事故の分野に限定されるものではあるが、)消費者安全調査委員会による事故等原因調査である。これは、消費者安全法15条以下に基づき消費者庁に設置された消費者安全調査委員会が、消費生活上の生命・身体被害に係る事故の原因を究明するための調査を行い、被害の発生又は拡大の防止を図るというものであり、他の行政機関等によって調査等が行われている場合は、それらの調査等の結果の評価を行い、必要に応じて意見を述べ、あるいは調査委員会自ら調査を行うこととされている。また、消費者安全調査委員会は、調査や評価の結果に基づいて内閣総理大臣に対し勧告をし、あるいは、消費者被害の発生又は拡大の防止のために講ずべき施策及び措置について、内閣総理大臣及び関係行政機関の長に意見具申を行うことができるものとされている。

 そして、調査権限として、消費者安全調査委員会には、報告徴収、立入検査、質問、物件提出・留置、物件保全・移動禁止、現場立入禁止の措置が認められている。現在のところ、平成18年6月3日に東京都内で発生したエレベーター事故及び平成21年4月8日に東京都内で発生したエスカレーター事故に関して、国土交通省が行った調査についての評価が公表されており、いずれも消費者安全調査委員会自らが調査を行うことにしたとされている。

 このように、消費者安全調査委員会による調査は、あくまで消費者安全の見地から、事故原因の解明と再発防止策の検証を主眼とした制度ではあるが、その中で、企業のリスク管理体制上の問題点も、上記の目的のために必要な限度で、当然調査の範囲に入り得ると考えられる。ただ、このような刑事手続とは別の調査制度を創設しても、刑事手続におけるような強制捜査権や公開の法廷での審判を含む制度ではないため、真相の解明力と一般国民への情報提供力の点で劣ることは否定できない。もちろん、刑事手続以外の調査手続に強制捜査権や審判の公開手続を導入することは、関係者の人権やプライヴァシーの観点からの問題も大きい。それ以前に、消費者安全調査委員会による調査については、マンパワー不足

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山本 憲光(やまもと・のりみつ)

 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。
 専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。

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