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西村あさひのリーガル・アウトルック

日本版司法取引の導入で企業犯罪の摘発はどう変わるか

平尾 覚(ひらお・かく)

 検察改革の一環として、捜査や公判のあり方を検討してきた法務省が司法取引の導入を提案した。米国の企業犯罪摘発では、司法取引がしばしば活用され、その洗礼を受けた日本企業も少なくない。法務省案は、その米国流の司法取引を下敷きにしているとみられるが、米国のものとは制度の性格や運用が異なる点もあるようだ。検察官時代に米国留学経験のある平尾覚弁護士が、法務省案について詳細に解説する。

日本版司法取引の導入
企業犯罪を取り巻く環境はどう変わるのか

西村あさひ法律事務所
弁護士  平尾  覚

 ▼ はじめに

拡大平尾 覚(ひらお・かく)
 1996年、東京大学法学部卒業。司法修習(50期)を経て、1998年から2011年まで検事。この間、2000年から2002年まで人事院長期在外研究員として米国に留学、2005年から2008年まで法務省刑事局付(総務・刑事課担当)、2008年から2010年に福岡地方検察庁久留米支部長、2010年から2011年に東京地方検察庁特別捜査部。2011年から弁護士(第一東京弁護士会)。

 平成23年6月以降、法務省の諮問機関である法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「法制審特別部会」という。)は、今後の刑事司法のあり方について議論を重ねてきたが、平成26年4月30日、これまでの議論を踏まえた事務当局試案が作成・公表された(注1)。事務当局試案については、今後も法制審特別部会で議論・検討が行われるものと思われ、法制審議会の答申に結実するまでに、内容が種々変更される可能性はあるし、答申を踏まえ、法務省が刑事訴訟法等の改正案を立案する段階でさらに変更が加えられる可能性もある。しかし、事務当局試案は、法律の条文に近い形で作成されており、今後立案されるであろう刑事訴訟法等の改正案の姿を推し量る材料となる。

 法制審特別部会においては、取調べのあり方をはじめとする証拠収集のあり方、公判審理のあり方等、刑事手続き全般にわたる議論・検討がなされており、事務当局試案の内容も多岐にわたる。報道では、事務当局試案において検察官が全ての身柄事件を対象に取調べの録音・録画を行うという提案が広く報じられたが、その陰で、今後の我が国の刑事司法のあり方を決定的に変えるインパクトを持つ提案がなされていることはあまり注目されていない。これは、日本版司法取引ともいえる制度の提案であるが、刑事手続きに巻き込まれることとなった企業にも影響を与える可能性がある提案であり、本稿でその内容を紹介することとしたい。

 ▼ 米国における司法取引の概要

 筆者は、以前、我が国においても取引的な刑事司法を導入するべきであると論じた(注2)。取引的な刑事司法を採用している代表的な国は米国であり、既に数多くの日本企業がカルテル等の犯罪の嫌疑で米国司法省に検挙され、米国の司法取引を経験している。

 米国の司法取引は大きく分けて2つに分類される。1つは、「自己負罪型」と呼ばれる司法取引であり、被疑者・被告人が自らの罪を認める代わりに、検察官から起訴の免除、より軽い犯罪事実での起訴、より軽い求刑といった利益を与えられる制度である。もう1つは、「捜査・訴追協力型」と呼ばれる司法取引であり、被疑者・被告人が共犯者等の他人の犯罪事実の捜査や訴追に協力することによって、起訴の免除やより軽い犯罪事実での起訴、より軽い求刑、自らの供述を自己に不利益に用いられないことといった利益を与えられるものである(なお、上記2つの取引は併用されることも多い。)。また、司法取引とはやや性質の異なる制度として、刑事免責制度も存在する。これは、裁判所の権限に基づき、証言に基づく訴追を制限することにより、自己負罪拒否特権を消滅させた上で証言を強制するという制度であるが、機能としては上記で述べた捜査・訴追協力型の司法取引と同様であり、米国においてもさほど利用されていないとされる(注3)

 企業犯罪において、しばしば利用されるのは上記のうち自己負罪型司法取引である。内容によっては答弁取引と呼ばれることもあるが、企業が司法省との間で、自らの罪を認める代わりに、より軽い犯罪事実での訴追や軽い求刑といった利益を受けることを合意する。これには、司法省にとってはコストも時間もかかる上、不確実性がつきまとう陪審裁判を回避できるというメリットがある一方で、企業側にとっても、陪審裁判の不確実性を回避しつつ、軽い量刑で迅速に手続きを終了させることができるというメリットが存在する。

 ここで留意しておく必要があるのは、同じ司法取引であるとはいえ、自己負罪型司法取引と捜査・訴追協力型司法取引とでは、その本質が大きく異なるという点である。上記の自己負罪型司法取引のメリットについて述べたところからも明らかなように、その根底にある考え方は刑事司法のコストの削減である。Arraignmentと呼ばれることもあるが、米国においては、被告人が有罪答弁をした場合、証拠調べが行われることはなく直ちに量刑手続きへと移行する。米国では多くの刑事事件が有罪答弁により終結しているとされており、有罪答弁は米国刑事司法全体のコストを抑え、限られたリソースをより重要な事件に振り向ける上で重要な役割を果たしている。自己負罪型司法取引は、有罪答弁により刑事司法のコストが抑えられることの見返りに、被告人に対して一定の利益を供与する制度であるとも言い換えることができる。他方で、捜査・訴追協力型司法取引が目指しているのは、有罪証拠の獲得である。通常では獲得困難な証拠を得るため、犯罪に関する知識を有すると思われるものに一定の利益を与え、その見返りに証言等の証拠を獲得するのである(なお、米国では、両者が併用される場合が多いことは前述のとおりである。)。

 ▼ 犯罪事実の解明による刑の減軽制度、捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度の概要

 事務当局試案は、①犯罪事実の解明による刑の減軽制度、②捜査・公判協力型協議・合意制度、③刑事免責制度という3つの制度を提案している。これらの制度を総称して日本版司法取引と呼ぶこともあるが、これらの制度を導入することにより、我が国においても米国型の取引的司法が実現されるかというと、答えは否である。

 紙幅の都合もあり、詳細については事務当局試案に直接当たられたいが、いくつかポイントとなる事項を紹介する。

 まず、犯罪事実の解明による刑の減軽制度であるが、米国の自己負罪型司法取引とは全く異なる制度である。事務当局試案は同制度につき、以下のような提案をしている。

 刑法第42条に規定するもののほか、罪を犯した者が、自己の犯罪について、捜査機関に知られていない事実であって当該自己の犯罪の証明のため重要なものを供述してその犯罪事実を明らかにしたときは、その刑を減軽することができるものとする。

 上記文言から明らかなように、犯罪事実の解明による刑の減軽制度は、米国の自己負罪型司法取引のように、被疑者・被告人が犯罪事実を認めることと引き換えに起訴の免除や軽い犯罪事実での起訴、軽い求刑といった利益を得ることを可能とする制度ではない。被疑者・被告人は、単に犯罪事実を認めるのではなく、捜査機関に対して捜査機関が知らない、犯罪の証明に資する重要な事実を供述する必要があり、それと引き換えに、刑が減軽される可能性があるという利益を得ることができるに過ぎない。これは、古くから存在した自首による減軽(刑法42条)を、捜査機関が知らない重要な事実を供述した場合にまで拡張するものに過ぎず、文言から判断するに、自首と同様、被告人の刑を減軽するか否かは裁判所の判断に委ねられることとなる。したがって、捜査当局と被疑者・被告人との間で「取引」が行われることとはならず、米国の自己負罪型司法取引とは全く異なる制度である。

 前述のように、米国の刑事手続きに巻き込まれた企業の多くは、自己負罪型司法取引によって最終的な解決を図っている。しかし、事務当局試案が提案する犯罪事実の解明による刑の減軽制度によっては、犯罪事実を認める代わりに軽い犯罪事実での起訴や軽い求刑という利益を得るといった取引を行う余地はなく、単に裁判によって刑が減軽されることを期待しつつ自己に不利な証拠を提出するといった選択肢が存在するに過ぎない。

 法制審特別部会が平成25年1月に公表した「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(注4)13頁においても、「自己負罪型の協議・合意制度の導入がまず検討されるべきであるとする意見もあったが、・・・真に刑事責任を問うべき上位者の検挙・処罰に資するものではなく、およそ一般的に自己の犯罪を認めるかどうかを協議・合意の対象とすることについては、「ごね得」を招き、結果として被疑者に大きく譲歩せざるを得なくなり、事案の解明や真犯人の適正な処罰を困難にするとの意見も強かったことから、まずは、捜査・公判協力型の協議・合意制度についての具体的検討が進められるべきであり、自己負罪型の制度については、捜査・公判協力型の制度に係る具体的な検討結果を踏まえ、必要に応じて更に当部会で検討を加えることとする。」とされており、自己負罪型司法取引は、今後の検討課題とされたことが分かる。

 後述する捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度が米国に比較的近い形での制度設計となっているにもかかわらず、自己負罪型司法取引が導入されなかった背景には、実体的真実を追求するという刑事訴訟法の大原則との関係で、犯罪事実の認否を取引の対象とすることへの抵抗感が我が国には依然として存在し、国民の刑事司法に対する信頼確保の観点から、導入は時期尚早であると判断されたものと思われる。

 他方、捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度は米国の制度に比較的近い制度設計がなされている。

 まず、捜査・公判協力型協議・合意制度については、被疑者・被告人が捜査当局に対して他人の犯罪事実に関する供述・証言あるいは証拠の提出を行うことと引き換えに、検察官において、公訴を提起しないこと、軽い犯罪事実での公訴を提起すること、軽い求刑をすることなどを合意するとされており、米国の捜査・訴追協力型の司法取引と類似した制度となっている。ただし、対象となる犯罪は限定されており、企業が関係する可能性がある犯罪としては、文書偽造、贈賄、詐欺、犯罪収益隠匿、税法違反、独占禁止法違反、金融商品取引法違反といった犯罪が挙げられている(なお、政令で対象犯罪が追加されることが予定されている。)。他方で、製造現場等での人身事故が発生した場合に問題となる業務上過失致死傷罪は対象犯罪とはされていないし、対象犯罪を限定列挙したためやむを得ないとは思うものの、しばしば企業が当事者となる各種業法違反の罪も、現時点では対象とはされていない。

 刑事免責制度は、検察官が、証人尋問を請求するに際して、必要に応じて、証言あるいはそれに由来する証拠を証人の刑事事件において不利な証拠として使用しない代わりに、証人に証言を強制することの決定を裁判所に求めることができるとする制度であり、やはり米国の刑事免責制度と類似した制度設計となっている。

 ▼ 企業犯罪への適用可能性について

 前述したとおり、事務当局試案では、米国の刑事手続きにおいて企業が多用する自己負罪型司法取引は導入されない。

 そこで、捜査・公判協力型協議・合意制度が企業が当事者となる刑事事件においてどのように活用され得るかについて若干の検討を加えることとする。

 ここで問題を複雑にするのが、米国と異なり、我が国においては企業はそれ単独では犯罪主体とは認められておらず、あくまで、自然人であるその役職員に犯罪が成立することを前提として、企業は、両罰規定を通じて派生的に刑事責任を負うに過ぎないという点である。したがって、捜査・公判協力型協議・合意制度の当事者となるのも企業ではなく、個々の役職員ということとなる。

 たとえば、独占禁止法上の不当な取引制限の罪(カルテル等)を例に検討すると、カルテルに関与した従業員が他の事業者の従業員のカルテルへの関与につき供述・証言あるいは証拠の提出を行うことを約束し、それと引き換えに公訴を提起しないこと、軽い犯罪事実での公訴を提起すること、軽い求刑をすることといった利益を受けるという場面が想定される。また、あくまで個々の役職員が犯罪主体として捉えられることを踏まえると、カルテルに関与した従業員が同じ企業に所属する別の役職員のカルテルへの関与につき供述等した場合にも、公訴を提起しないといった利益を享受することが可能となると思われる。

 ここで問題となるのは、捜査協力をした当該従業員の所属する企業の刑事責任についてであるが、事務当局試案の文言上は明らかではない。法人は、その所属する役職員に犯罪が成立することを前提として刑事責任を負うとはいえ、たとえば役職員の犯罪は成立するが敢えて訴追せず、法人のみ訴追することも理論上は可能である。役職員が捜査協力し、公訴を提起されないといった利益を享受した場合には、その所属する企業も訴追を免れるというのが多くの場合の帰結であると想像されるが、制度上かかる取扱いが担保されているわけではなく、不透明であるといわざるを得ない。また、役職員が同じ企業に属する別の役職員の犯罪に関して捜査協力した場合に、当該企業が訴追を免れるかについては、疑問が多々あるといわざるを得ない。さらに、個々の役職員が訴追を免れるのではなく、たとえば軽い犯罪事実で公訴提起されたような場合には、企業が両罰規定に基づいて共に訴追される可能性は十分にあると思われる。

 企業が関係する犯罪においては、個々の役職員よりも、むしろ企業自身が社内調査を行うなどして証拠の収集に努め、それを当局に提供し捜査協力をするといったケースが多々あり、かかる企業努力を制度上評価する場が設けられていないというのは、素朴な違和感を禁じ得ないところである。

 このように、法人を独立した犯罪主体として認めないという我が国の刑事法の特徴故に、捜査・公判協力型協議・合意制度が企業犯罪にどのように活用されるかは、制度上不明確な面が残ることは否めない。

 実務的には、企業がその自浄作用を発揮してその所属する役職員をして捜査協力をさせ、役職員自身の刑事責任の軽減を図るとともに、検察官に企業自身の捜査協力を評価させ、訴追裁量を発揮して企業自身の訴追を行わないよう要請するといった、従来の実務でしばしば見られたアプローチを採用することとなるのではないかと推測される。

 ▼ おわりに

 事務当局試案については、短期的な課題としては、前述したように企業の刑事責任との関係を整理する必要があると思われる。また、中長期的には、自己負罪型の司法取引の導入、量刑ガイドラインの導入(注5)、対象犯罪の拡大といった検討課題も存在する。

 しかし、今般の事務当局試案が我が国の刑事司法のあり方を大きく変える第一歩となるであ

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平尾 覚(ひらお・かく)

 1996年、東京大学法学部卒業。司法修習(50期)を経て、1998年から2011年まで検事。この間、2000年から2002年まで人事院長期在外研究員として米国に留学、2005年から2008年まで法務省刑事局付(総務・刑事課担当)、2008年から2010年に福岡地方検察庁久留米支部長、 2010年から2011年に東京地方検察庁特別捜査部。2011年から弁護士(第一東京弁護士会)。

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