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西村あさひのリーガル・アウトルック

今、企業が取り組むべき「人権デュー・デリジェンス」

安井 桂大(やすい・けいた)

 今年1月、ユニクロの中国の製造請負会社の工場従業員が過酷な労働環境で作業を強いられていることが、香港を拠点とするNGOであるSACOM、さらには国際人権NGOであるヒューマンライツ・ナウ、中国労働透視が共同して行った調査によって明らかとなった。その後、3月にはカンボジアの縫製工場においても同様の問題が発覚したが、これらは氷山の一角であり、企業による人権侵害をどう防ぐかが重要な課題となっている。そうした中、リスク管理、さらにはロビイングによる積極的なルール形成へのアプローチまで見据えた攻めの企業戦略として、企業が取り組むべき「人権デュー・デリジェンス」について、安井桂大弁護士が解説する。

今、企業が取り組むべき「人権デュー・デリジェンス」
 ~リスク管理、そしてロビイングによるルール形成を見据えた
 攻めの企業戦略として~

西村あさひ法律事務所
弁護士 安井 桂大

 ■ 人権デュー・デリジェンスとは?

拡大安井 桂大(やすい・けいた)
 2009年東京大学法科大学院修了、2010年弁護士登録、現在西村あさひ法律事務所弁護士。国内外のM&Aや提携案件、コーポレートガバナンスやコンプライアンスに関するアドバイスを含め、企業法務全般にわたる各社へのアドバイスに従事。
 M&Aに関するニュースなどで、「デュー・デリジェンス」という言葉を一度は耳にしたことがあるであろう。デュー・デリジェンス(買収対象会社監査)とは、一般に、企業買収などのM&A取引を実施するにあたり、買収等の対象となる会社に内在する問題点を事前に調査・検討するプロセスのことをいうが、近年になって、人権問題を対象とした「人権デュー・デリジェンス」が注目を集めている。
 2011年、国連人権理事会が採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」において、企業の人権尊重責任を具体化するための手法として、人権デュー・デリジェンスが盛り込まれた。また、同時期に、経済協力開発機構(OECD)の「多国籍企業ガイドライン」が改訂され、企業における人権デュー・デリジェンスの実施が新たな勧告の一つとして加えられた。さらに、2010年に採択された企業の社会的責任に関する国際規格であるISO26000においても人権デュー・デリジェンスが掲げられており、企業が実施すべき具体的なプロセスが示されている。
 人権デュー・デリジェンスとは、企業が人権に関する悪影響を認識し、防止し、対処するために実施するプロセスであり、上記の各国際規範においては、組織内での人権方針の策定に始まり、企業活動が人権に与える影響の検討とパフォーマンスの継続的な追跡・評価、そして人権に対する悪影響が発見された場合における改善へ向けた取組みまでの一連の対応が具体化されている。本稿では、企業が人権デュー・デリジェンスに取り組む意義を明らかにすることに焦点を当てる観点から、より広く、企業においてその活動が人権に対して悪影響を及ぼす恐れがないかを調査・検討するプロセス一般のことを指して用いる。
 上記の各国際規範は、いずれも法的拘束力のない勧告や任意の規格であるため、仮に企業がこれらに違反した場合でも、直ちにコンプライアンス(法令遵守)上の問題は生じない。しかしながら、上記の各国際規範は、いずれも企業に対して向けられた行動規範の性格を持つ、いわゆるソフト・ローの一種といえ、近年になって企業による人権侵害の事例が注目されるケースが増える中で、人権デュー・デリジェンスが企業法務の新しい課題として注目を集めている。

 ■ リスク管理としての人権デュー・デリジェンス

 1 企業による人権侵害が問題となった事例

 ユニクロの中国における製造請負会社の問題が発覚する以前から、企業による人権侵害が問題となる事例は数多く指摘されていた。そのさきがけとなった事例として有名なのは、ナイキの事例である。1997年、ナイキが生産委託していたインドネシア・ベトナムの下請会社の工場において、児童労働や低賃金労働、長時間労働などの問題が発覚し、米国のNGOなどのキャンペーンに端を発して、世界的な不買運動に発展した。また、近年では、2012年、アップルが生産委託していた台湾の富士康科技集団(フォックスコン)において、従業員が過酷な労働環境の中での作業を強いられていることが発覚して、世界中の注目を集めた。ナイキやアップルにおいては、このような事態を受けて、労働環境の抜本的な改善に取り組むことはもちろん、サプライチェーンの大幅な見直しまで余儀なくされた。労働者の権利に関しては、日本企業についても、2011年に日立製作所の取引先のマレーシア工場において、移民労働者に対する不公正な取扱いが行われていたことが問題視され、現地で抗議運動が発生した事例などがあり、類似の事例が数多く問題となっている(後で述べるように、日立製作所においては、その後に人権尊重へ向けた取組みを強化している)。
 また、近年の日本企業の事例としては、2012年、王子製紙が、中国江蘇省の工場において、排水を海に流すための排水管の設置工事を計画し、当局からの許可を取得したものの、生活環境が脅かされることを危惧する市民の間に反発が広がり、大規模なデモに発展した事例も注目を集めた。海への排水が問題となったことから、環境問題としての側面が注目されているが、当局からの許可は取得していた事例であり、市民による大規模なデモにまで発展した背景には、地元住民の水資源へのアクセス権という人権上の問題の側面があった。地元住民の水資源へのアクセス権に関しては、2000年に、コカ・コーラのインド工場が地域の地下水を枯渇させているという地域住民の反対運動を受けて、結果として工場の操業停止まで追い込まれた事例も有名である。
 さらに、大規模開発に伴う先住民の人権侵害についても問題となるケースが多い。例えば、1990年代にシェルがナイジェリアで行った石油開発について、人権侵害を行う軍事政権に対する利益供与や、原油流出事故による環境破壊、先住民が生活環境を奪われた上に健康被害を受けたことに対して厳しい非難を浴びた例などがある。また、近年でも、ベダンタ・リソーシズが、インドにおけるボーキサイト採掘事業において環境破壊や先住民の人権侵害を指摘され、適切な対応がとられていないとして、2009年以降、ノルウェーやオランダの年金ファンドその他複数の機関投資家から投資を引き上げられた事例がある。
 このように、特にアジアやアフリカなどの新興国において、企業による人権侵害が問題となる事例が数多く発生しており、その結果、当該企業の現地における活動の継続に支障をきたすことはもちろん、サプライチェーン全体の見直しを余儀なくされたり、企業グループ全体のブランドイメージが損なわれ、場合によっては機関投資家からの投資の引き上げによって株価が下落するケースも見られる。新興国においては、人権を適切に保護する法令等が整備されていない、あるいは法令等が存在していたとしても政府による監視が十分でなく実効性を確保できていない場合があり、これが上記のような問題が発生する背景にある。また、近年における事例の特徴の一つとして、ユニクロの中国における製造請負会社の問題がそうであるように、企業が直接運営するグループ会社や工場に止まらず、サプライチェーンを構成する取引先における人権問題が指摘されるケースが増えていることが挙げられる。

 2 人権デュー・デリジェンスの必要性

 企業による人権侵害が注目されるケースが増える中で、リスク管理の観点から人権デュー・デリジェンスを実施することが必要と考えられる場面として、大きく2つの場面が考えられる。

 (1)M&A取引を実施する際のプロセスとして行う人権デュー・デリジェンス

 まず第一に、企業買収などのM&A取引を実施するにあたって、買収等の対象となる会社およびそのグループ会社(以下併せて「対象会社」)に対して人権デュー・デリジェンスを行うことが必要となる場合がある。
 企業買収などのM&A取引を実施するにあたっては、対象会社に内在する問題点を事前に調査・検討するため、ビジネス、法務、会計、税務などの様々な角度からデュー・デリジェンスが行われるが、法務デュー・デリジェンスにおいては、コンプライアンスの観点からも調査が行われるのが通常である。その一方で、現在の法務デュー・デリジェンスの実務においては、対象会社のサプライチェーンを構成する取引先に対するコンプライアンスの管理体制については、必ずしも十分な調査が行われていない場合が多い。特に対象会社やその取引先がアジアやアフリカなどの法令等が十分に整備されていない地域にある場合に、現地の法令上は必ずしも違反がないと考えられる場合でも、実態として人権侵害と評価できる状態が生じていないかといった観点からは、必ずしも十分に調査が行われていないケースが少なくないように思われる。
 前述のとおり、企業グループあるいはその取引先における人権侵害が問題となったときには、場合によっては現地における企業活動の継続に支障をきたし、サプライチェーン全体の見直しを余儀なくされる事態に陥ってしまう可能性などもあることを踏まえると、リスク管理の観点から人権デュー・デリジェンスの実施を検討すべき場合は多いように思われる。特に、対象会社またはその主要な取引先がある地域における法令等の整備状況、さらには事業内容やその規模なども踏まえて、対象会社およびその主要な取引先において人権侵害の問題が発生していないか、また、人権侵害の発生を防止する管理体制は十分かといった観点から、広汎な人権デュー・デリジェンスを実施すべきか否かを事前に十分検討しておくことは必須と思われる。

 (2)コーポレートガバナンスの一環として行う人権デュー・デリジェンス

 もう1つは、コーポレートガバナンスの一環として、企業が自身(とそのサプライチェーンを構成する取引先)に対して人権デュー・デリジェンスを実施する場面である。
 2015年3月5日、金融庁・東京証券取引所を共同事務局とする有識者会議からコーポレートガバナンス・コード原案が公表され、注目を集めている。同原案においては、コーポレートガバナンスとは、企業が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会などの立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みをいうものと定義され、企業におけるリスク回避や不祥事の防止といった側面はもちろん、それと同時に、健全な企業家精神の発揮による企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る「攻めのコーポレートガバナンス」の実現を目指して、実効的なコーポレートガバナンスに資すると考えられる原則が取り纏められている。
 その中でも注目されるのは、同原案の第2章「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」に関する原則の中で、企業による積極的な社会課題への対応が推奨されている点である。同原案は、「上場会社は、自らの持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するためには、…(株主以外の様々な)ステークホルダーとの適切な協働が不可欠であることを十分に認識すべき」であり、「近時のグローバルな社会・環境問題等に対する関心の高まりを踏まえれば、いわゆるESG(環境、社会、統治)問題への積極的・能動的な対応をこれらに含めることも考えられる」とした上で、企業は、ESGのような「サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し、適確に対処す」べきであるとしている。
 同原則が企業による積極的・能動的な対応を推奨している社会課題の中に、従業員をはじめとする社内の関係者やサプライチェーンを構成する取引先の従業員など、企業活動に関わる人々の人権問題が含まれていることは明らかであろう。このような対応を企業が積極的・能動的に行うことは、社会や経済全体に利益を及ぼすとともに、その結果として、当該企業自身にも更に利益がもたらされるという好循環を生み出す。また、企業によるこのような取組みは、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目指す企業にとって重要なパートナーとなる、短期的なリターンを求めない中長期保有の寛容な投資家からの資本(Patient Capital)を呼び込むことにも繋がるものと考えられる。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が4月1日に公表した2020年までの中期目標においては、株式運用に際して、「財務的な要素に加えて、収益確保のため、非財務的要素であるESG(環境、社会、ガバナンス)を考慮することについて、検討する」ものとされている。企業は、リスク管理の一部として、さらには持続的な成長と中長期的な企業価値向上を見据えた「攻めのコーポレートガバナンス」の一環として、企業活動の過程で人権侵害に関与してしまっていないか、また、人権問題の発生を防止する管理体制は十分かといった観点から、自身(とそのサプライチェーンを構成する取引先)に対する人権デュー・デリジェンスの実施を検討すべきであろう。
 この点、いくつかの先進的な企業においては、既に人権デュー・デリジェンスを実施し、または実施へ向けた取り組みを始めている。例えば、リコーは、定期的に人権デュー・デリジェンスを行うことで人権尊重への取組みを強化しており、製品の原材料となる鉱物を調達する際にも、鉱物の生産地であるアフリカの紛争地域において人権侵害を繰り返している武装勢力などの活動を助長することのないよう、サプライチェーンの透明性を確保することにより、責任ある調達に取り組んでいるとされている。また、日立製作所も、2013年に「日立グループ人権方針」を策定して、従業員をはじめ、企業全体の活動や製品・サービスを通じて関係する全ての人々の人権尊重を目指すことを宣言し、人権デュー・デリジェンスの実施へ向けた具体的な取組みを継続している。

 ■ 企業戦略としての人権デュー・デリジェンス

 企業において人権デュー・デリジェンスを実施することの意義は、リスク管理の側面に止まらない。近年においては、より積極的な企業戦略としての有用性が注目されている。

 1  新しいルール導入への備えとしての人権デュー・デリジェンス

 近年、グローバル市場においては、人権問題を含む様々な社会課題の解決を目指してグローバルな経済活動に影響を及ぼす新しいルールが導入されるケースが増えている。例えば、近年、新興国における贈賄を巡る問題について、米国の海外腐敗防止法(FCPA)や英国の贈賄防止法の域外適用が強化され、日本企業が多額の罰金を科せられたケースが注目されているが、この他にも、社会課題の解決を目指した様々な新しいルールの策定が世界各国で進められている。
 例えば、米国においては、アフリカ有数の鉱物資源国であり、1996年以来紛争が続いているコンゴの武装集団の資金源を絶つことを目的として、製品の製造等にコンゴおよびその周辺国産のタンタルやスズ、金などの「紛争鉱物」を使用する米国の上場企業に対して、当該紛争鉱物の使用についてサプライチェーン全体を調査の上、米国証券取引委員会(SEC)へ報告することを義務付ける規制が、2010年に成立したドッド=フランク法の中に設けられた。このような規制が導入された背景には、近年の国際紛争や労働安全などに関する企業の社会的責任に対する関心の高まりがあるが、コンゴにおける人権侵害の抑止と併せて、投資家が紛争鉱物を使用する企業への投資リスクを適切に評価することができるようにすることも企図されている。また、英国では、2013年に会社法が改正され、上場企業においては人権問題に関する開示を行うことが義務付けられている。
 さらに、今後にルール化が予想されるものとしては、例えば、世界的に重要な社会課題の一つとして認識されているフードロス問題がある。EUでは、2012年に2025年までにフードロスを50%削減する方針を採択しており、具体的な対応策の検討が急ピッチで進められている。
 このような欧米を中心とした世界各国の活発な動きの中で、人権問題を含む様々な社会課題の解決を目指して新しいルールが導入される動きに備えておくという視点は、企業戦略としての重要性を増している。特にグローバルに事業を展開する企業においては、世界各国で新しいルールが導入される場合に備えておく必要性が高く、そのような観点から、人権デュー・デリジェンス、あるいは、その他の企業活動に関連の深い社会課題を対象としたデュー・デリジェンスを継続的に実施することが、必要不可欠な企業戦略になりつつある。

 2  人権デュー・デリジェンス+ロビイングによるルール形成戦略

 前述のような世界各国の動きの中でさらに注目されるのは、欧米の先進企業においては、グローバル市場において将来にわたって競争を優位に進めていくために、戦略的に、人権問題を含む様々な社会課題の解決を最前線でリードしつつ、その一方で、当該社会課題の解決を目指した新しいルールを導入するよう、世界各国の政府などに積極的にロビイング(ルール提案)を仕掛ける動きが活発化している点である。
 例えば、前述のフードロス問題は、欧米の先進企業がその解決へ向けた動きをリードしている。具体的には、ウォルマートは、ゴミの排出量をゼロにするなどの積極的な目標を掲げて商品規格や基準値の策定を進めており、また、テスコも、2013年にサプライチェーン全体でフードロスを削減していくことを宣言しているが、これらの先進企業における積極的な取組みは、世界各国におけるフードロス問題に対する新しいルール導入へ向けたロビイング(ルール提案)戦略の一環であるとの指摘がある。
 これまで、多くの日本企業はルールの変化を所与として捉え、それに迅速・的確に適応することでグローバル競争を戦ってきたが、近年になって、このようなルールへ適応するという姿勢だけでは、十分な国際競争力を維持することが難しくなってきている。例えば、タイにおける自動車税制について、従来は日本の自動車メーカーが高い競争力を持つハイブリッド車に有利な車両構造に基づく税制となっていたところ、これに対してドイツの自動車工業会がタイ政府に対して積極的なロビイングを行ったことを受けて、2012年、ドイツの自動車メーカーが強みを持つ低燃費エンジン車についても公平に評価されるCO2排出基準に基づく税制へ変更され、このようなルール変更によって、タイ市場における日本の自動車メーカーの優位性が失われることとなった。これに対しては、もし日本企業が「CO2排出量だけでなくPM2.5の排出量まで考慮して環境負荷を捉えるべきである」といった具体的な提案を含むロビイングをタイ政府に対して適切に行っていれば、最終的な税制の姿は異なっていたのではないかとの指摘もある。
 一方で、グローバル市場におけるロビイングの重要性が認識されてきた近年では、日本企業による成功事例もある。例えば、EUでは空調設備を含む多様な製品に環境配慮設計を義務付ける規制(エコデザイン指令)が導入されているが、エアコンに関するエコデザイン指令について、ダイキンヨーロッパが試験データの提供を含む積極的なロビイングを行った結果、2012年、それまで最大消費電力などによって製品が評価されていたところ、年間消費電力の違いに結びつく季節ごとのエネルギー効率性を示す指標が新たに採用され、インバータ技術に強みを持つ同社が、EU市場における競争を優位に進めることができるルール形成に成功した事例がある。
 このように、グローバル市場でのルール形成競争が盛んになる中で、2014年7月、経済産業省通商政策局に、官民が協働してグローバル市場において日本企業に有益な環境をルール化することを目的とした「ルール形成戦略室」が新設された。政府の成長戦略の一環として設置された同室が公表している資料では、上記の事例を含むロビイングによるルール形成競争の実例を多数挙げながら、ロビイングを仕掛ける際に有用な政策ツールや、各国ごとの特徴を踏まえた効果的なアプローチ方法などが紹介されており、日本においても、ロビイングによるルール形成戦略を一つの重要な企業戦略として捉える土壌が形成されつつある。
 欧米の先進企業において積極的に行われている「社会課題への積極的な対応+グローバル市場でのロビイング」という企業戦略は、世界各国において社会課題の解決を目指した新しいルール導入の動きが今後さらに加速していくことが見込まれる状況下で、特にグローバルに事業を展開する企業にとって必須の戦略となりつつある。この点、ある社会課題を解決しようとする場合のアプローチは一つに限られず、様々なルール設計が考えられるところ、効果的な対策に率先して取り組み、そのような取組みを前提とした積極的なロビイングによってルール形成に成功した企業は、市場において将来にわたって競争を優位に進めていくことが可能になる一方で、出遅れてしまった企業は、仮に同じ社会課題に対してある程度対策を進めていた場合でも、形成されたルールの内容次第では、一から対策をやり直すことを余儀なくされてしまう可能性もある。このように設計とタイミングが重要になるルール形成競争の特徴を踏まえれば、企業には、まずは人権問題を含む様々な社会課題の解決に向けて積極的に取り組み、その上で、適切なロビイングによってルールを仕掛ける戦略が求められる。そのための第一歩として、わが国企業も、自身(とそのサプライチェーンを構成する取引先)についての人権デュー・デリジェンスの実施を急ぐ必要がある。

 ■ 結びに代えて

 本稿では、人権デュー・デリジェンスの必要性とその有用性を明らかにする観点から、リスク管理、さらにはロビイングによる積極的なルール形成へのアプローチまで見据えた攻めの企業戦略としての人権デュー・デリジェンスの意義について述べた。紙幅の都合で省略したが、国際的なルール形成の場では、冒頭に挙げた国連やOECDでの取組みのほかにも、例えば、国家間の投資協定において、投資家の保護だけではなく、投資を受け入れる国の人権問題を含む様々な社会課題への対応を投資家が実施すべきであることがルール化され始めているところであ

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安井 桂大(やすい・けいた)

 2009年東京大学法科大学院修了、2010年弁護士登録、現在西村あさひ法律事務所弁護士。国内外のM&Aや提携案件、コーポレートガバナンスやコンプライアンスに関するアドバイスを含め、企業法務全般にわたる各社へのアドバイスに従事。
 主な著書として、『資本・業務提携の実務』(共著、中央経済社、2014年)、「『社外取締役』設置の検討ポイント」旬刊経理情報1361号(共著、2013年)、『会社法改正要綱の論点と実務対応』(共著、商事法務、2013年)、「MAC条項を巡る実務対応に関する一考察〔上〕〔下〕」金融・商事判例1380号(共著、2011年)・1381号(共著、2012年)等がある。

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