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西村あさひのリーガル・アウトルック

内部通報制度:サントリーHDのコンプライアンス室長はなぜ訴えられたか

山本 憲光(やまもと・のりみつ)

 パワハラ、セクハラなど企業にとって不都合な話が外部に出る前に情報をキャッチし問題を解決することを目指す内部通報制度。「被害者」と「加害者」の言い分がすれ違うことも少なくない。それでも通報制度の担当者は一定の結論を出さねばならず、その結論の伝え方によってはまたトラブルの元になる。山本憲光弁護士が、内部通報担当者が「加害者」として通報者から訴えられたサントリーホールディングスの裁判を詳細に分析し、通報窓口担当者のリスク回避のため、企業側は「情報の受理・調査」部門と「リスク評価・対応策」部門を分離し、後者が通報者に丁寧に説明するシステムの導入を提言する。

  

企業における内部通報担当者の役割

西村あさひ法律事務所
弁護士 山本 憲光

山本弁護士拡大山本 憲光(やまもと・のりみつ)
 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。

 ■はじめに

 最近の東芝の不正会計や、フォルクスワーゲンのディーゼルエンジン不正といった規模の大きな不正事案は、いずれも企業内で内部通報制度がきちんと機能しなかった、ないしきちんとした内部通報制度が整えられていなかった事案であるということができ、このような事象を見るにつけても、改めて、内部通報制度の整備と適切な運用が企業のガバナンス、コンプライアンスにとっていかに重要であるか自覚させられる。しかし他方、実際に企業において内部通報の窓口を担当する職員は、寄せられる通報についてどのように対応したらよいか、悩むことが少なくないようである。
 東芝やフォルクスワーゲンのような「巨大」事案でなく、企業内で日々生起するパワハラ、セクハラ等の事案であっても、担当者の扱い方が一歩間違えば、逆に通報者から法的責任を追及される対象となってしまうこともある。 
 そのような事例として、昨年出されたサントリーホールディングス株式会社(サントリーHD)の従業員のパワハラ裁判判決(東京地裁平成26年7月31日判決判例時報2241号95頁。以下「本判決」)を題材として考えてみたい。

 ■事案の概要

 (1) 総論

 本件は、サントリーHDのグループ再編前の前身であるサントリー株式会社(サントリー)の社員であったXが、上司であったY1からパワーハラスメント(以下「パワハラ」)を受けたことにより鬱病の診断を受けて休職を余儀なくされるなどし、また、サントリーHDの内部通報制度を所管するコンプライアンス室の室長であったY2がY1のパワハラ行為に関して適切な対応を執らなかったことによりXの精神的苦痛が拡大したとして、Y1及びY2に対しては不法行為に基づき、サントリーHDに対しては、サントリーによるXに対する職場環境保持義務違反による損害賠償債務を承継した等と主張して、それぞれ損害賠償金の支払いを求めた事案である。

 (2)上司によるパワハラ行為

 Y1のXに対するパワハラ行為については本判決もこれを認定しているが、本稿の主題はむしろY2の法的責任にあるので、Y1のパワハラ行為については簡単な紹介にとどめる。

 Xは、平成9年4月1日にサントリーに入社し、同18年4月1日からは、サントリーの企画グループに配属され、同部署で、購買予算と実績の管理等を内容とする業務に従事していた。Y1は、平成18年4月1日以降、企画グループの長として、Xの上司の立場にあった者である。

 サントリーでは、平成18年12月ころ、購買予算と実績の管理にかかる報告業務を効率化するために、同業務に係る購買予算・実績管理システム(予実管理システム)を開発することを決定し、それを企画グループが担当することになった。その際、Xがその主任となったが、その開発につき、Y1の厳しい指導を受けるようになった。その過程で、Xは、Y1より、「新入社員以下だ。もう任せられない」、「何で分からない。お前は馬鹿」等の誹謗中傷発言を受けた(「本件誹謗中傷発言」)。その結果、Xは、平成19年4月11日に病院を受診したところ、鬱病に罹患しており、今後約3か月の自宅療養を要する旨の診断を受け、診断書を交付された。

 そこで、XはY1に対し、診断書を提出して休職を願い出たところ、Y1から3か月の休養については有給休暇で消化してくれといわれ、Xが隣の部署に異動する予定であるところ、3か月の休みを取るならば異動の話は白紙に戻さざるを得ず、Y1の下で仕事を続けることになる、異動ができるかどうか返答するようにと言われた(「本件診断書の棚上げ」)。

 本判決は、本件誹謗中傷発言は、Xに対する注意又は指導のための言動として許容される範囲を超え、相当性を欠くものであったと評価せざるを得ないというべきであるから、Xに対する不法行為を構成すると判示した。また、本判決は、本件診断書の棚上げについて、「診断書を見ることにより、Y1の部下であるXがうつ病にり患したことを認識したにもかかわらず、Xの休職の申し出を阻害する結果を生じさせるものであって、Xの上司の立場にある者として、部下であるXの心身に対する配慮を欠く言動として不法行為を構成する」と判断した。

 (3)内部通報とY2の対応

 この点は、本稿の本題に関わるため、若干詳しく紹介することとする。

 Xは、いったん休職した後、平成20年8月1日からサントリーに復帰し、平成21年4月1日付けでサントリーHDに転籍したが、サントリーHDが設けている内部通報制度を利用してY1からXが受けたと考えているパワハラ行為を通報し、サントリーHDに対し、Y1に対する責任追及と再発防止策の検討を求めた。これに関し、Y2は、平成23年6月30日以降、Xとの間で合計6回に亘って面談やメールのやり取りを行った。その詳細は以下のとおりである。

 イ 平成23年8月12日の面談

 同日の面談で、Y2はXに対し、Y1及び第三者からの事情聴取の結果として、①Y1がXに対して厳しい指導をしていたという点についてはY1も否定していないこと、②Y1の指導に関しては非常に厳し過ぎるものであるという第三者からの証言が出ていること、③パワハラの案件というのは難しく、一定の限度を超えてパワハラに当たるか否かの基準は世の中にはないことなどを伝えた。

 ロ 平成23年8月31日の面談

 同日の面談で、Y2はXに対し、Y1及び第三者からの事情聴取の結果として、①Y1がXに対する指導が厳しかったり度を超えていたりしたことがあったことを認めたこと、②Y1からのXに対する配慮がなかったという反省の弁が出たこと、③Xに課せられた業務が過多であったことについてサントリーHDとしても確認がとれたこと、④Y1は平成19年3月にはXの体調がおかしい様子であることに気付いたにも拘らず、Xに課す業務量を減らすことを考えなかったこと、⑤現時点での事情聴取から得られた判断材料では、Y1に明確な悪意があって、Y1がXに対してXをつぶしてやろう、いじめてやろうなどという意図で行った行為は見つかっていないこと、⑥そうである以上、現時点ではXが望むY1に対するサントリーHDとしての処罰ということにはならない旨等を伝えた。

 ハ 平成23年9月14日の面談

 同日の面談で、Y2はXに対し、①決定的にパワハラというためには嫌がらせやいじめがなければならないこと、即ち、こいつをいじめてやろう、嫌がらせをしてやろう、というような部分がないと本当はハラスメントと呼んではいけないこと、②本件診断書を提出したXに対してY1が長期休暇を取らせなかったことは判断ミスとはいえるとしても、それは、原告が鬱病で休職ということになると異動の受入先がなくなってしまうかもしれないという危惧があったためで、コンプライアンス室の検討結果としては、Y1の上記対応に悪意があったり、決定的な責任逃れやあるいは処断に値するような行為があったりしたとはいえないこと、③人事考課の考課権者がエンカレッジ(励ますこと)のために考課権を意識させることはあり得ること等を伝えた。

 ニ Y2とY1との面談

 Y2は、平成23年8月11日及び26日の両日、Y1との間で面談を行った。ここでY2は、Y1に対し、XがY1からパワハラを受けたと主張していること、XがY1に本件診断書を提出したにもかかわらずY1から異動か休職かの二者択一を迫られたと主張していることなどを伝え、Xに対する当時の注意指導の在り方等を顧みさせた。Y1は、Xに対して厳しく注意指導したのは確かであり、大きな声を出すなど注意指導の方法に行き過ぎの部分があったことを最終的に認めて反省するとともに、Xが本件診断書を提出して休みを求めた時点で人事部に相談を持ちかけるなどの対応をしておく方がよかったと反省した。

 ホ Y1の関係者に対する事情聴取

 Y2は、平成23年7月13日から同年8月1日までの間、Xが企画グループで勤務していた当時にXとY1の周囲で勤務していた5人の者に対して、Y1とXの当時のやり取り等を面談又はメールにて事情聴取した。

 なお、本判決によると、サントリーHDにおけるパワハラの該当基準は以下のとおりであった。

  1.  パワハラとは、「職権」などのパワーを背景に、本来業務の適正な範囲を超えて、継続的に、人格や尊厳を侵害する言動を行い、就労者の働く環境を悪化させるあるいは雇用不安を与えることと定義されている。そして、①一般的には職場の力関係を背景にした「いじめ」をパワハラということ、②客観的に見て怒られたり注意されたりして当然な状況にあった場合はパワハラに当たらないこと、③人格や人権を否定するような言動、個人的な好き嫌いから始まった言動、会社を辞めさせようとする言動、無視などはパワハラに当たること等の補足説明がされている。
  2.  また、上記内部基準では、パワハラに当たる具体例として、人格を傷つける言動、雇用や地位に関する不安をあおる言動などが挙げられており、これらの具体例はいずれも(a)相手方を育てようとしての言動か(単なる感情発露、ストレス発散行為でなかったか)、(b)相手がどの程度傷つけられたか、(c)継続性、反復性があったかによって判断されるとされている。他方、パワハラに当たらない具体例として、業務上必要な叱責、正当な指示命令などが挙げられている。

 (4)Y2の法的責任に関する裁判所の判断

 Xは、自己が通報した事実関係について、Y2が誠実かつ適切な調査を行い、その調査結果に基づいてしかるべき対応を執るべきであったにもかかわらず、意図的にこれを怠り、明確な根拠も示さないまま判断基準、判断経過などの開示を拒否したことなどが不法行為を構成すると主張した。しかしながら、この点について本判決は、Y2は、X及びY1双方に事情を聴くとともに、複数の関係者に対して当時の状況を確認するなどして適切な調査を行ったものといえるとした上で、サントリーHDにおいては通報・相談内容及び調査過程で得られた個人情報やプライバシー情報を正当な事由なく開示してはならないとされていることからすると、Y2において、調査結果や判断過程の開示を文書でしなかったことには合理性があったものといえ、しかも、Y2は、Xに対し、Y1への調査内容等を示しながら、口頭でY1の行為がパワハラに当たらないとの判断を示すなどしていたものであって、Y2に違法があったということはできないと判断した。

 また、Xは、Y2が、Xとの面談において、Y1の行為がパワハラに該当しないことが所与のものであるかのような態度をとり続け、逆にXが病気に至る過程で過負荷状態を適切に周囲に相談できなかったことがXの病気悪化の原因であると断定し、あたかも本件の端緒から発病に至るまでの経緯もXのせいであるかのように述べ、本件自体のもみ消しを図ったことが不法行為を構成すると主張した。しかしながら、この点についても、裁判所は、Y2が適切な調査等を行ったことは上記のとおりであることに加え、Y2は、①Xに対し、Y1がXに対する自身の指導が厳しかったり度を超えたりしていたことがあったことを認めていること、②Y1がXに対する配慮が足りなかったと反省していること、③Y1は平成19年3月にはXの体調がおかしい様子であることに気付いたにも拘らず、Xに対する業務量を減らすことを考えなかったこと、④本件診断書を提出した原告に対してY1が長期休暇を取らせなかったことが判断ミスといえることを告げており、その上で、サントリーHDの内部基準に照らせば、Y1の行為がパワハラに該当しないことを説明したことが認められ、以上によると、Y2において、Y1の行為がパワハラに該当しないことが所与のものであるかのような態度を取り続け、本件自体のもみ消しを図ったとは認められないと判断した。

 このように、結局、本判決では、Y2の法的責任は否定されている。

 ■内部通報担当者の役割 ~ 本判決の検討

 (1)総論

 以下では、以上に紹介した本判決におけるY2の法的責任に関する判旨に基づき、企業における内部通報担当者の役割の在るべき姿について考えてみたい。

 そもそも、内部通報制度とは、企業が内部で発生したコンプライアンスないし企業倫理上の問題事象の通報を集中的に受け付け、ないし処理する専門の部署を設けた上で、当該部署を通じ、寄せられた通報に対する調査・是正・再発防止等の活動を行うことにより、コンプライアンスや企業倫理の維持向上を図ろうとする制度である。従って、内部通報担当者による通報者に対する対応の誤りによって、かえって通報者から法的責任を追及されることは、内部通報制度の制度趣旨に反する事態であることはいうまでもない。

 しかしながら、他方において、社内コンプライアンス違反やハラスメントに関する情報の通報者、特に自己を被害者とする情報の通報者は、会社に対し、自己の被害事実の肯定的確認と、加害者を始めとする関係者の責任追及さらには被害回復を求めるものであり、内部通報担当者は単なる情報の窓口という以上に、そのような通報者の「要望」を会社として「受け止める」立場にあるため、一歩対応を誤れば、本件のように「加害者」の一部として、法的責任追及の対象となってしまうリスクは常にあると言ってよい。

 以上のとおり、内部通報制度は、あくまで社内コンプライアンス、企業倫理維持向上のための制度であるとともに、企業ガバナンスの観点から見れば、内部統制システム(リスク管理体制)の一環である。そして、どのようなリスク管理体制であっても、その実を上げるためには、管理の対象であるリスク情報を可能な限り遺漏なく収集することが望ましいところ、内部通報制度は、通常の業務執行の過程では収集ないし探知が困難な、コンプライアンス違反ないし企業倫理違反に関するリスク情報を収集する仕組みであるということができる。

 従って、内部通報窓口に寄せられた通報の処理過程を企業におけるリスク情報の処理過程として見た場合、①情報の真偽の調査、②当該情報に含まれるリスク内容の評価(例えば、法令違反であればどのような法令違反で、その影響・結果がどのようなものか)、③リスクが現実化していないのであれば、現実化防止策の策定及び実施(例えば、未だ法令違反にまでは至っていない場合、その後の違反に至る事態の防止)、④既にリスクが現実化しているのであれば、現実化したリスクの適切な処理(例えば、法令違反に至っている状態であれば、関係者の責任追及や被害者に対する被害回復措置の実行)という段階(フェーズ)に分けることができる。

 そして、内部通報窓口を担当している担当者ないし部署が、①から④までのどのフェーズを担当するかは、各企業の組織構成や職務分掌によってまちまちであるし、例えば、調査委員会を立ち上げるべき事案であるか否かといった、事案の内容や規模によっても異なるであろう。

 他方、通報者に対する関係では、内部通報制度においては、通報に関する調査の結果を含めた対応の内容について、通報者に対して適切なフィードバックを行うことが要請される。このようなフィードバックがなければ、そもそも通報者は企業に対する信頼を喪失して、内部通報を行うインセンティブを失い、マスコミ等外部への通報(いわゆる「内部告発」)に走り、仮に通報内容が法令違反等であったとしても、内部通報に基づいて適切に処理した場合以上に企業の信用や評価が傷つくこととなってしまうからである。

 実際に、企業が内部通報制度を構築する場合のガイドラインである、平成17年7月19日付け内閣府国民生活局「公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドライン」では、「書面や電子メール等、通報者が通報の到達を確認できない方法によって通報がなされた場合には、速やかに通報者に対し、通報を受領した旨を通知することが望ましい」、「通報を受け付けた場合、調査が必要であるか否かについて、公正、公平かつ誠実に検討し、今後の対応について、通報者に通知するよう努めることが必要である」、「調査中は、調査の進捗状況について適宜、被通報者(その者が法令違反等を行った、行っている又は行おうとしていると通報された者をいう。)や当該調査に協力した者等の信用、名誉及びプライバシー等に配慮しつつ、通報者に通知するとともに、調査結果は、可及的速やかに取りまとめ、通報者に対し、その結果を通知するよう努めることが必要である」、「是正措置完了後、被通報者や当該調査に協力した者等の信用、名誉及びプライバシー等に配慮しつつ、速やかに通報者に対し、是正結果を通知するよう努めることが必要である」と、通報の受付、調査、是正活動の各段階で、適切に通報者に対してフィードバックを行うことを要請している。

 このようなフィードバック、特に通報に対する調査以外の対応に関する部分は、前述のリスク情報処理の中では③及び④の各フェーズに属するが、この作業を、①及び②に従事した者と同じ者が行うべきかどうかは一つの問題であり、本件も、この問題点に関連する事案であるということができる。

 (2)リスク情報処理における分業体制

 即ち、本件で、通報者であるXと面談を行って通報を受け付け、Y1や同僚らとの面談等の事実調査を行ったY2は、単にその結果をXに伝えたのみならず、前述のとおり、(a)「パワーハラスメントの案件というのは難しく、一定の限度を超えてパワーハラスメントに当たるか否かの基準は世の中にはないこと」、(b)「現時点での事情聴取から得た判断材料では、Y1に明確な悪意があって、Y1がXに対してXをつぶしてやろう、いじめてやろうなどという意図で行った行為は見つかっていないこと、そうである以上、現時点ではXが望むY1に対するサントリーHDとしての処罰ということにはならないこと」、(c)「決定的にパワーハラスメントというためには嫌がらせやいじめがなければならないこと、即ち、こいつをいじめてやろう、嫌がらせをしてやろう、というような部分がないと本当はハラスメントと呼んではいけないこと」、(d)「本件診断書を提出したXに対してY1が長期休暇を取らせなかったことは判断ミスとはいえるとしても、それは、原告が鬱病で休職ということになると異動の受入先がなくなってしまうかもしれないという危惧があったためで、コンプライアンス室の検討結果としては、Y1の上記対応に悪意があったり、決定的な責任逃れやあるいは処断に値するような行為があったりしたとはいえないこと」、(e)「人事考課の考課権者がエンカレッジ(励ますこと)のために考課権を意識させることはあり得ること等」を伝えている。

 これらの中で、(a)は、会社が通報事実のリスク評価をするに当たっての基準であるから前記②のフェーズに、(b)から(e)までは、会社によるリスク評価を前提とした具体的な対応方針の告知であって前記③のフェーズに該当する。

 結果的に、Y2によるこのような対応の内容については、前述のとおり、裁判所によって不法行為性は否定されており、裁判所が認定した事実関係に基づく限り、かかる結論は妥当と思われるが、内部通報制度の在り方としては、加害者のみならず、内部通報担当者が訴訟に引っ張り出されてしまう事態は、やはり好ましいものではない。

 このような、内部通報担当者までが訴訟の場に引っ張り出されてしまう事態を防止するという観点から考えてみると、やはり、通報者であるXと面談した上で通報事実を詳しく聴取したY2自身が、リスク評価の結果及び会社の対応方針をY2に対してフィードバックする役割をも果たした点に問題があったのではないかと考えることができる。

 即ち、通報者からの通報の聴取は、内部通報制度のフェーズから言えば入口の段階であり、そこで求められるのは可能な限り具体的かつ正確にリスク情報を引き出すことである。そのためには、聴取者において、通報者からの通報内容に対し、論理的な疑問に基づく質問をすることは別論、それ以上に殊更な疑いの態度を示したり、安易に否定的な評価を下したりすることなく、虚心坦懐に通報内容を聞き出すことが求められる。この場合、通報者からすれば、担当者は、いわば自分の訴えを「受け止めて」くれる人という存在に映ることは心理的に避けられない。従って、そのような相手から、その後必ずしも通報者の要望に沿わない形での通報事実に関する評価や会社の対応方針を聞かされること自体、(かかるリスク評価や対応方針が客観的には正当なものであったとしても)会社がきちんと自分の訴えを受け止めてくれなかった、という心理的反応が生ずることは自然である。

 このような心理的反応を避けるためには、通報者に対する聴取担当者とフィードバックの担当者とを分けることが一つの有力な方策であると考えられる。それは、内部通報制度全体の観点から言い換えれば、リスク情報の受付け及び調査の段階(前記①のフェーズ)と、リスク評価、対応方針の策定及びフィードバックの段階(前記②から④までのフェース)の担当者を分けること、即ち、リスク情報処理の分業体制を構築することにより、前記②から④までの過程の客観性を高めるということでもある。その際、弁護士等の第三者的立場にある専門家がこれらの過程に参加することは、そのような客観性をさらに高めることに役立つであろう。

 実際に、本件では、前述のとおり、XがY2に不法行為責任を追及しようとした根拠は、「(通報に対する適切な調査と対応を)意図的に怠り、明確な根拠も示さないまま判断基準、判断経過などの開示を拒否したこと」と、「Y1の行為がパワーハラスメントに該当しないことが所与のものであるかのような態度をとり続け、〔中略〕あたかも本件の端緒から発病に至るまでの経緯もXのせいであるかのように述べ、本件自体のもみ消しを図ったこと」の2点である。もし、Xに対して、通報に係る事実が社内基準に照らしてパワーハラスメントに該当するとまでは言えず、Y1に対する処分についても、会社としては必ずしもXが望んでいるような内容で行うことは難しい、ということを告げるのが、Xに対する面談聴取を行ったY2ではなく、(仮に同じコンプライアンス室の職員であっても)「調査結果に基づき会社としての対応方針を策定する」職責を負っている者であった場合には、Xにとって会社が下した結論に対する不満があったとしても、内部通報部門の職員に対して法的責任を問うまでの事態には至らなかった可能性が相当程度あるように思われる。というのも、聴取を担当した者と別の者がこのようなフィードバックを行う場合には、当該フィードバック担当者としては、聴取の過程で築いた「人間関係」がない分、社内基準の内容や検討過程、対応方針を決定した理由を丁寧に説明することに注力せざるを得ないからである。

 なお、本件では、結論的にY1の行為の不法行為性が裁判所によって認められているため、パワハラに当たらないとしたY2の説明は間違っていたのではないか、という問題もある。この点は、社内基準及び基準への当てはめの適切性の問題であるが、この問題についての検討は、必ずしも本稿の本題ではないため、割愛する。

 ■おわりに

 冒頭に挙げた不正会計や製品品質不正等の事案の場合には、第三者委員会や調査委員会という専門組織が立ち上げられるのが通常であるため、リスク評価や対応方針策定の客観性の確保については十分に意を用いられるのが通常である。

 これに対して、パワハラ、セクハラといった日常的に生起する企業倫理違反問題の場合には、企業としても、求められているのは、リスクの適切な処理というよりも、「被害者」と「加害者」との間に立って適切な「仲裁」の役割を果たすことであり、内部通報部署の担当者も、自らの役回りをそのようなものであると心得ている場合も少なくないであろう。また、そのようなスタンスによる対応で実際に問題が解決する場合も少なくないし、そもそも、内部統制部門に割くことのできる人的リソースの問題から、通報の受付けから調査、対応策の策定、フィードバックまでを(小規模な事案であれば)ほぼ1人ないしごく少数の担当者で行っているという会社も多いと思われる。

 しかしながら

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山本 憲光(やまもと・のりみつ)

 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。
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