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西村あさひのリーガル・アウトルック

ジョコウィ大統領再選後のインドネシアで法的インフラ整備は?

吉本 祐介(よしもと・ゆうすけ)

インドネシア大統領選挙後の展望

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士
吉本 祐介

拡大吉本 祐介(よしもと・ゆうすけ)
 2002年、弁護士登録。2001年東京大学法学部第一類卒業。2010年、コロンビア大学ロースクール(LL.M.)修了。2011年、ニューヨーク州弁護士登録。三井物産株式会社、米国三井物産株式会社及びインドネシアの法律事務所に出向。インドネシアを中心としたアジア関連案件などを主に 取り扱う。

 ■ はじめに

 2019年4月17日に投票が行われたインドネシアの大統領選挙において、インドネシアの選挙管理委員会は、2019年5月21日、現職のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が約56%の票を得て再選したことを宣言した。対立候補のプラボオゥオ・スビアント氏は、憲法裁判所に異議を申し立てることを表明しているが、ジョコウィ大統領の再選が確実と見られる。

 また、今回の選挙から初めて大統領選挙と日本の国会に相当する国民議会選挙が同日に行われることになったが、国民議会選挙でもジョコウィ大統領が所属する闘争民主党が20%近くの票を得て第1党となった。ゴルカル党など闘争民主党以外のジョコウィ大統領を支持する政党の議席数を合わせると、国民議会の過半数を占めるものと見られる。

 本稿では、かかる選挙結果を踏まえて、インドネシア大統領選挙後に予想される動向について、法律面から論じることにしたい。

 ■ 大統領選挙前の状況

 今回の大統領選挙前に行われた世論調査において、プラボオゥオ氏の追い上げはあったものの、ジョコウィ大統領は、一貫して50%を超える支持を受けており、あえて支持率を下げるリスクを取ってまで新しい施策に挑戦する必要はなかった。特に外国人や外国企業に有利となる政策は、国民の反発を招くおそれがあり、選挙前に実行することは困難であった。実際に、ジョコウィ大統領が、2018年3月末に、外国人労働者の雇用手続きに関する大統領令を制定した際には、手続きの改善を図る合理的なものであったにもかかわらず、外国人労働者の大量流入を招き、インドネシア人の雇用が奪われるなどの批判を受けることになった。

 また、大統領選挙前において、法律を制定する国民議会は選挙に注力していたようであり、法律の制定は停滞していた。外国との覚書を除いた通常の法律の制定本数は、2018年は7本であり、2019年は5月25日時点で未だ助産婦に関する法律及びメッカへの巡礼に関する法律の2本に留まっている。

 大統領選挙後は、上記の立法が停滞した状況が変化し、ジョコウィ大統領が公約とするインフラ活用などを目指した立法手続きが進むことが期待される。以下では、立法による制度改正が予定されている分野のうち、日本企業にとって重要と思われるものについて説明したい。

 ■ 外国投資規制

 インドネシアでは未だ広範な業種について外資規制が規定されているが、外資規制の中心を構成しているのが、大統領令により制定されたネガティブリストである。

 ネガティブリストは、インドネシア標準産業分類に基づき、外国投資が認められない分野及び条件付きで外国投資を認める分野を定めている。ネガティブリストは、数年ごとに改定されており、最終改定は、2016年である。

 2018年からネガティブリストの改定が議論されており、日系企業などの意見聴取も行われていたことから、2018年中の改定もあり得ると見られていたが、結局大統領選挙前には改定は行われなかった。既にドラフト作成なども進んでいたことから、大統領選挙後早急に改定が行われることが見込まれる。

 改定の方向であるが、インドネシアでは近時の経済発展にもかかわらず、卸売業など一部の業種では外資規制が強化されてきたが、今回の改定は、外資規制を緩和する方向との報道がなされている。具体的には、観光、保健衛生、情報通信、輸送などジョコウィ大統領が公約で重点分野としていた分野に関する外資規制が撤廃又は緩和されることが予想される。

 ■ 個人情報保護

 インドネシアにおいては、個人情報の保護に関する統一的な法律は存在せず、業種ごとに定められた法令が重畳的に適用されることから、極めて分かりづらい規制になっている。また、規制の内容も過度に広範となっている場合があり、ほとんど取り締まりがなされていないこともある。例えば、現状の法令では、個人情報を取り扱う事業者が公共サービスを提供する場合には、インドネシア国内にデータセンター及びリカバリーセンターを設置することが義務づけられており、クラウドサービスの利用が実質的に禁止されている。しかし、データセンター及びリカバリーセンターのインドネシア国内への設置義務が実態に合っていないことは、インドネシア通信情報大臣自身が認めている。

 かかる状況を改善するため、大統領選挙前から個人情報保護に関する政省令が改正される旨報道されており、大統領選挙後に改正がなされることが予想される。公表されている政令案では、データを機密性により分類した上、機密性の高いデータについてのみインドネシア国内のデータセンター及びリカバリーセンターで保管することが求められるようになるなどの改正が予定されている。

 また、インドネシア通信情報省とインドネシア法務人権省、さらにはインドネシア金融サービス庁などの関連当局も巻き込んだ上で、個人情報保護に関する統一的な法律の制定に向けた活動が進められてきた。個人情報保護に関する法律案は、国民議会における優先審議事項とされており、今後ジョコウィ大統領の指示で法案審議が進む可能性がある。法律案では、個人情報についてより詳細かつ細分化された定義が定められたり、個人情報に関する個人の様々な権利が規定されたりする改正が予定されている。

 ■ 独占禁止法

 インドネシアは、アジア通貨危機後の1999年にドイツの競争法学者の支援を受けて、独占禁止法を制定した。インドネシア事業競争監視委員会(以下「KPPU」という。)は、近時積極的にカルテルなどの摘発を行っているが、裁判所により独占禁止法違反が認定されない場合もあり、現行の法律における競争促進には限界がある。そのため、独占禁止法改正案が以前から国民議会における優先審議事項とされていたが、独占禁止法改正を積極的に進める勢力は乏しく、改正法は成立していなかった。今後ジョコウィ大統領を支持する政党が国民議会において過半数の議席を獲得する見込みであり、ジョコウィ大統領の指示で独占禁止法の改正法が成立する可能性がある。

 現在審議中の独占禁止法改正案の主な内容は、①カルテルなどを行った事業者が自ら違反事実を申告することで課徴金の減免を得ることができるリーニエンシー制度の導入と②合併などの企業結合に関する届け出を効力発生後の事後届け出から事前届け出へ変更することである。

 ①リーニエンシー制度であるが、インドネシアの独占禁止法においては、日本や米国、EUと異なり、リーニエンシー手続きは規定されていない。KPPUは、カルテルガイドラインにおいてリーニエンシー手続きを規定しているが、どのような事業者がリーニエンシー手続きを利用できるのか、報奨金の計算方法などの詳細は明らかにされておらず、リーニエンシー手続きは、実務上ほとんど使われていない。独占禁止法改正案では、詳細が規則に委ねられており内容は明らかではないものの、法律上の制度としてリーニエンシー手続きが規定されている。インドネシアでも、将来的にリーニエンシー手続きが利用され、カルテルなどの摘発が増加する可能性はある。

 ②企業結合に関する届け出であるが、独占禁止法は、資産又は売上げの価額が一定の金額を超える会社の合併又は株式の取得は、当該合併又は株式取得の後30営業日以内にKPPUに届け出を行わなければならないと規定している。世界中の大部分の国では、企業結合の効力が生じる前に届け出を行うことを要求しており、管轄当局による審査が終了した後でなければ、企業結合を行うことはできない。KPPUも企業結合の効力が生じる前に届け出を行わせることを意図していたが、法律上の根拠がないなどの経済界の反対により実現しなかった。独占禁止法改正案では、合併などが効力を発生する前にKPPUに対して届け出を行うことを義務づけている。しかし、KPPUは、慢性的な人手不足に悩まされており、企業結合に関する届け出の処理は遅延するのが通常となっている。届け出提出から2年間が経過してもKPPUの承認が得られない場合すら存在する。かかる状況で企業結合に関する届け出が事前の届け出となると、企業結合に関する契約から実行まで長期間待機せざるを得なくなり、M&Aに悪影響を与えることが懸念される。

 ■ 刑法

 インドネシアは、1945年の独立後も独自の刑法を制定しておらず、オランダ統治時代に制定されたオランダの刑法が依然として利用されている。しかし、刑法制定から100年以上が経過しており、現在の経済社会に合致しなくなっていることから、インドネシア独自の新刑法制定も議論されている。

 新刑法案における改正点としてマスコミ等で話題になっているのは、新たに導入されようとしている黒魔術の禁止であるが、日本企業にとっては法人処罰の導入が重要である。現行の刑法が制定された当時は法人による犯罪は想定されていなかったため、現行刑法では法人と個人の両方を処罰する日本の両罰規定に相当する規定は設けられていない。そのため、法人の役職員が詐欺や横領などの犯罪を行っても、法人が処罰されることはなかった。

 しかし、1999年に制定された汚職防止法などの比較的最近の法律では法人も処罰対象とされており、また2016年には最高裁判所が法人処罰手続きについて定めた規則を制定しており、経済犯罪の抑制のためには、個人だけではなく法人の処罰も必要であると認識されるようになった。そのため、2018年に策定された新刑法案でも一定の要件の下で法人の処罰を認めている。

 新刑法案も国民議会における優先審議事項とされており、今後新刑法が成立する可能性がある。

 ■ おわりに

 インドネシ

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吉本 祐介(よしもと・ゆうすけ)

 2002年、弁護士登録。2001年東京大学法学部第一類卒業。2010年、コロンビア大学ロースクール(LL.M.)修了。2011年、ニューヨーク州弁護士登録。三井物産株式会社、米国三井物産株式会社及びインドネシアの法律事務所に出向。
 インドネシアを中心としたアジア関連案件などを主に 取り扱う。

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